歴史的な悲劇を描く『静と義経』を、海道弘昭氏が語る。日本の歴史上あまりにも有名な、静御前と源義経の悲恋物語。自分よりもお詳しいお客様も多くいらっしゃる中で、説得力のある、初めて見るかのような義経の悲しみを表現したい。共演者には、尊敬する諸先輩方に加えて歌の師匠もおり、嬉しさと緊張感が入り混じる。稽古場の雰囲気にさえも気を配ってくださる指揮者や、素晴らしい演出を手がける演出家とも一緒に、良い舞台を作っていきたい。野球少年から一転、音楽の道を志し、自分の人生を一変させた師の舞台姿。今、同じ舞台に立てる感慨深さを胸に、より表現に磨きをかけた歌い手を目指したい。
今最も旬なアーティストのリアルな声や、話題の公演に関する臨場感あるエピソードなど、オペラがもっと楽しめること請け合いの情報をお届けするコーナー「CiaOpera!」。第60弾は、2025年3月8・9日に上演される日本オペラ協会公演『静と義経』に、義経役でご出演の海道弘昭さん。学びを深めるために訪れた吉野山のことや表現したい義経像、共演者について、本作の見所、日本語で歌うことについてやこれまでの歩みなど、幅広く語っていただきました。

―本日は、3月9日の日本オペラ協会公演『静と義経』にご出演の海道弘昭さんにお話を伺います。早速なのですが、本作に取り組むにあたっての意気込みを語っていただけますでしょうか。
あまりにも有名な「義経」の苦しみ、悲しみ、一瞬の幸福の表現にチャレンジ。
まず、この『静と義経』というこの題材があまりにも有名で、オペラのみならず、歌舞伎などいろいろな表現手法で扱われてきている歴史上の物語ですよね。その義経をキャスティングしていただいて、正直かなり緊張しているのです。おそらくお客様の方がよくご存知でしょうし、歴史の流れについて我々よりも勉強されている方がたくさんいる中で演じるということで、まず最初に自分の勉強不足なところをどう補うかというのを考えました。そして実際に、吉野山に行っていろいろなもの見てきたのです。その時に受けたインプレッションといいますか、自分の感覚を大事にしていくことで、なるだけ多くの方に納得していただけるような姿になるのではないかなと思っています。
―実際に行かれたのですね!何か参考になったでしょうか?
そうですね、とにかく本当に行ってよかったです。僕自身神戸に住んでいたので、車で2、3時間ぐらいかけて奈良まで行って。僕はあまり知らなかったのですが、もう、本当に山の中というところに国宝として、金峯山寺というお寺があるのですよね。その大きさも、何もかも知らないことだらけで。義経とか頼朝とか、その時代のことを話では知っていても、実際に目で見ると本当に驚きで、言葉では言い表せないような感覚に襲われました。義経たちの時代には現在の金峯山寺の蔵王堂は建っていなかったのですが、このオペラの一番最初がこの吉野山で静と別れるシーンからスタートするので、「この場所か」という感動はありました。ただ、それ以上にうまい言葉では表せそうにないので、この感覚を歌や演技で表現できたらベストかなと思っています。

―実際に見て、その景色を知っていることで舞台上でも説得力が生まれますね。
本当にそう思います。オペラという世界にいて、他にも例えば『蝶々夫人』だったら長崎とか、『トスカ』だったらローマとか、実際に具体的な場所が描かれている作品もありますが、今回は日本人にとってこんなにも身近な題材なのに、知らないこともいっぱいあるのだなと。本作にまつわることを勉強し始めてから、見える世界がだいぶ変わってきています。なので、見に来られるお客様にも、何か新鮮な体験をお届けできれば嬉しいなと思いながら取り組んでいます。実際、日本語で歌うオペラというものに、なかなか触れる機会のなかった方はやっぱり多いと思います。そういった初めて日本オペラを観る方々にとっては、本作はすごくいい機会だと思っています。僕にとっても、日本オペラ協会では6作目ぐらいになりますが、こんなに有名な題材に出るというのは多分初めてです。
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少し前に、本作と同じ三木稔先生作曲の作品で『源氏物語』の頭中将を歌わせていただき、確かにそちらも有名な題材ですが、「義経」はまたちょっとレベルが違うと感じます。実際に起きた歴史で、実在した人物だからでしょうか。先ほども言いましたが、芸術表現としても代々古典芸能の方たちが作ってきた歴史などを感じながら演じないといけないという風には思っていますし、自分にそれが務まるのかどうか不安でいっぱいです。
―ある種の緊張感をもって臨もうとされているのですね。海道さんの中で、今どういった義経像を表現しようと考えていますか?
そうですね、作中には先ほどの吉野山での別れだったり、平泉の衣川の戦いであったり、義経の無念さや悲しみが多く描かれています。「判官贔屓(ほうがんびいき)」という言葉があるぐらいですから、かつて日本人はみんなこの義経の生涯に対して同情を寄せてきたのではないかなと。オペラという芸術は、それを表現するのにぴったりだと思いますね。様々な表現方法がたくさんある中で、悲しみや苦しみというのは生の声で表現しやすく、オペラの得意な部分だと思います、それを生かしてお客様が初めて見るような義経になればいいなと。悲しみを、ストレートに表現できるような人物像を作っていければと思っています。
―ありがとうございます。そうなのですね。華々しい活躍で知られる義経ですが、オペラには悲しい運命に向かっていく義経が描かれているのですね。
はい。一方で、その苦しみの中でも静とのささやかな、ほんの一瞬の幸せのようなものも表現したいですね。日本人にとって、愛する人との繋がりってなかなか表立って表現することはないといいますか。日本オペラやその他の芸能でも、セリフや言葉に日本人の心がさらけ出されていることはあまりないと思うのですけど、逆に声色だったり、動きひとつひとつの中だったりに“悲しみの中にある幸福”を表現できるのかなと、期待をしている部分もあります。自分にとってもいいチャレンジになりそうで、楽しみです。
―チャレンジ性のある役づくり、前向きな姿勢がとても素晴らしいと思います。
大学の先輩、そして師匠と同じ舞台へ。入り混じる、嬉しさと緊張感。
はい。まず相手役の静の相樂和子さんとは、僕が日本オペラにデビューした『紅天女』の時に、アンダースタディとしていらして初めてお会いしました。本当を言うと同じ国立音楽大学なので、学生の頃にちょこっとすれ違っているようなのですけどね。衝撃だったのが、その『紅天女』の初稽古の時に相樂さん、全部暗譜して参加されたのですよ。
―すごい!

音楽の稽古が始まる時点で、しかも新作のオペラでそこまで完成している人ってなかなかいなくて、その場にいた全員が驚愕しましたね。その時の繋がりで、日本オペラ協会のいろいろな演目で一緒に歌わせていただいていますが、こうやってまた『静と義経』でご一緒にできることはすごく嬉しいです。もうひとり、同じ組の頼朝役・村松恒矢さんも実は僕が学生の頃からお世話になっている大学の先輩なのです。静、義経、頼朝が全員国立音楽大学だなんて、まるで大学のイベントのような感じですけど(笑)。そして何より、僕の師匠である角田和弘先生も、義経の最大のライバルになる梶原景時役で出ているのです。不思議なご縁で、胸がいっぱいですね。3月8日の別組にも国立音楽大学の方がいて、僕の尊敬する先輩の澤﨑一了さんが同じ義経役なのです。それも同じ角田先生の門下で。僕は学生になりたての18歳の頃、まだ将来オペラを歌うなんて思っていなくて、そんな時からお世話になっている方とこうやって一緒にオペラを作れるというのは幸せであると同時に、緊張もしますね。すぐそこで自分の師匠が聞いていて、隣では先輩達が目を光らせている。いろいろな思いが入り混じっている今回です。本当に素敵な歌い手の皆さんとご一緒させていただけるので、今から本番が楽しみで。稽古でも、皆さんからいろいろなものを勉強させていただきながら作っていけたらと思っています。そして何よりも、日本オペラ協会のみならず、今般の日本オペラの盛り上がりを先駆けて作られてきた郡愛子総監督の元でまた歴史に残る舞台に参加させて頂ける事に感謝の毎日です。

―ご縁のつながりが、素晴らしいですね。指揮の田中祐子さんや、 演出家の生田みゆきさんとは、もうすでにどこかでご一緒していますか?
指揮の田中祐子さんとは、『源氏物語』や『ニングル』、その前にもいろいろなコンサートでご一緒させていただいています。本当に信頼し、尊敬申し上げる指揮者の方ですね。稽古では、厳しいこともおっしゃる反面、ずっと笑っています。だから、ものすごく稽古場が明るいのですよね。やっぱり誰かが死ぬとか、誰かが悲しむオペラって、稽古場の空気もどんよりしがちなのですが、 田中さんご自身も、この作品を振るのが2回目ということで、深くまで突っ込みながらも、その場が暗くならないようにすごい気を使ってくださって。歌い手としてはとても助かりますし、自信を持って自分のパフォーマンスができるというのは本当に嬉しいことだなと思っています。
演出の生田さんは今回初めてご一緒するのですけれども、過去にあの有名な文学座でお仕事をされた、多くの公演をインターネットで拝見して、とても素敵な演出されていらっしゃいましたので、今回ご一緒させていただけるのを、楽しみにしています。
―ありがとうございます。お二人とのお仕事も楽しみですね。田中さんのお話で気になったのですが、悲劇のオペラの稽古場は、重い空気に包まれることがあるのですね。
はい、ありますね。特に別れのシーンや、その実際にキャラクターが死んでしまうようなシーン。舞台俳優もそうだと思うのですが、オペラ歌手は特に声を出して歌っているので、ブレスが興奮しているときと同じような状態になるのですよね。そうすると、もう本当に泣けてきますし、パニック状態のような感覚になるのです、稽古中でも。それが自分の役ではなくても、他の方のそういう声を聞いていると、共感覚で自分も知らず知らずのうちに涙が出ているようなこともあって。壮絶な雰囲気の稽古場になったりするのですよ。それがいい場合もあるのですが、精神的に滅入って悪い方向に動いてしまう場合もあるので、ムードメーカー的な方がいるというのは、稽古場としてもプロダクションとしてもものすごく大事なことだと思います。特に、今回は大変難しいオペラですし。歌詞も日本語なので、お客様だけでなく我々歌っている人間にもすごくリアリティを持って届いてしまう。目の前で静が苦しんでいる様子などを、ある意味お客様よりずっと近くで見ていますし。そもそも日本オペラは現代音楽のように、リズムが難しかったり、音程が難しかったり。そういうことも全てマエストラにサポートしていただきながら、場の雰囲気や歌手の気持ちまでサポートしてくださっているので、頭が下がります。
悲しみが頂点に達する見所。人生を一変させた師の舞台姿。
―『静と義経』で、ここに注目してほしいという見所はありますか?
一般的に、義経にとっては先ほどの吉野の別れのシーン、静は鎌倉に移送されて鎌倉殿、つまり頼朝の前で舞うシーンがやはり見どころかなと思います。ただ、個人的に注目してほしい点は、静に子どもができたことが分かり、それが悲しくも若君で取り上げられてしまう後の場面。静は若君を思って子守歌を歌うのですが、その横で義経と弁慶の主従が、平泉の衣川で最後の戦いをするシーンが流れるのです。ここが僕にとってはこのオペラで一番見ていただきたいポイント。なぜかというと、最後に弁慶が仁王立ちをして義経を守る、その時に歌った弁慶の辞世の句があるのですが、「どちらが先に死ぬかわからないけれど、いずれにしても冥土には一緒に行きましょう」という内容の句に対して、義経も有名な辞世の句を返していて、それが出てくるのです。「後の世も また後の世もめぐりあへ 染む紫の 雲の上まで」というこの有名な句で義経の悲しみが頂点に達して、隣で演じられる静の悲しみと集合するシーンになっています。第三幕の最初にこのシーンがありますので、ぜひそこは注目していただきたいなと思っています。
実は元を返せば、最初はやっぱりイタリア・オペラが歌いたくて勉強をして、イタリアに留学もしました。けれど、図らずも日本オペラでデビューさせていただいたという形です。その後、イタリアものでも有名な作品にたくさん出させていただいたのですが、イタリア語を喋ってイタリアで生活している時に感じたイタリア・オペラと、今日本に戻ってきて日本で暮らしながら日本オペラを歌う感覚は、さほど変わらない気がします。『トスカ』のカヴァラドッシも『トゥーランドット』のカラフも、義経とどう違うのかというと、そんなに違わない。ただ言葉がイタリア語か日本語かというだけであって、悲しい時は悲しい思いで歌いますし、お客様も同じような感覚で受け取るのだと思います。
―そうなのですね、触れてみたら、そこまで違和感なく日本オペラにも取り組めたと。
はい。もちろん言葉それぞれの特性はあるので、イタリア語で歌う方が楽だなとか、響くなと思っていた時期もありました。今は、それは偏見を持っていたなと思います。勉強が進んでくると、きちんと歌えば日本語でも大事な言葉は聞こえますし、大舞台で十分に遜色なく聴かせられる技術があることが分かってきて。あと難しい点としては、聴く側のお客様が違和感に気付きやすいことぐらいですね。どんなにクラシック的な発声の技法で響かせても、日本語として今のイントネーションやセリフ回しは変だな、とか。オペラを知っている人でも知らない人でも、日本語に関してはみんな共通のプロフェッショナルですからね。言葉だけでなく、着物の着方ひとつ、所作ひとつ、お客様の方が詳しい場合が多いと思いますので、気が引き締まります。でも日本で、日本人の役で、日本語で歌えるなんて、こんなに幸せなことはないので、一生懸命頑張りたいと思います。
―ありがとうございます。少し前に戻りますが、大学に入りたての頃はオペラに出るとは思いもよらなかったとおっしゃっていましたね?
そうなのです。元々音楽は好きだったのですが、小・中学校ではずっと軟式の野球部でキャッチャーしていたのです。高校野球から硬式の球になる時に、夢破れて。代わりに、たまたま中学が合唱の強い学校だったのでその感覚が残っていて、将来は音楽の先生になれたらいいなと思いました。でも、何を始めていいかわからない。そんな時高校の音楽の先生が、ドイツで活躍されているバリトン歌手の高田智宏さんと知り合いになったから、そこに行きなさいと言われて。何にも知らず、高田さんに直接連絡を取っていきなり行って「僕、音楽の先生になりたいんですけど、どうしたらいいですか」と聞いたら、「いや、ちょっとそれはわからない」と。歌だったら教えられるけどとおっしゃるので、じゃあ歌教えてくださいとお答えしました。でも、その頃はまだギターやバンドが好きだったので、クラシックよりもそういう軽音楽の方に行けたらいいなと。最終的には学校の音楽の先生になれれば万々歳、という考えで音楽大学に入ったのです。けれど大学で角田先生についた1年目に、人生が全て変わって。オペラに合唱で出させていただいた時、百人近いオーケストラ、百人近い合唱のど真ん中で師匠が歌う姿を見て、 かっこいいなと思ったのです。大学1年生の頃は教職を取っていたのですが、2年生になってやめました。僕はオペラ歌手になるんだ、絶対そうするんだと思って。そこから20年近く、ようやく師匠と同じ舞台で、先輩たちとも一緒に。本当に嬉しいことですね。
―そうだったのですね。今後は、どのような歌い手像を目指していきたいでしょうか?
そうですね、僕はそれがイタリア語であろうが、日本語であろうが、ドイツ語であろうが関わらず、オペラで言葉はものすごく大事だと思っていまして。舞台上で歌って届けるというシンプルな仕事ですけど、その歌に乗せた言葉がお客様に影響を与えるといいますか。聴いていろいろな気持ちになっていただけるのは本当に嬉しいので、これからさらに伝える技術を磨いて、何を歌ってもドキッとするような何かを届けられるような歌い手になれたらと思います。
―素晴らしい志ですね!応援しております。
<聞いてみタイム♪>
海道さんに、ちょっと聞いてみたいこと。
―恒例の番外編コーナー「聞いてみタイム♪」。今回は、海道さんにお聞きします。サイコロを振っていただき、出た番号の質問にお答えいただきますが…
5番「最近イライラしたこと」

イライラ、イライラ…でも、あります。たぶん元々あまりイライラしない方だと思うのですけど、ただ、今一生懸命ダイエットをしていまして。
―そうなのですか!?
そうなのです。自分の中で、さすがに義経をやるにはちょっと体が大きいかなと思って。でも、全然痩せない。食事制限もしているし、走ってもいるのに全然痩せないのですよ。昔はもっと簡単に、痩せようと思ったら2、3キロなんて1週間ぐらいで痩せていたのですけど。夜は鶏肉と野菜と、みたいな食生活をしていて、炭水化物は減らそうとしているのに効果がなかなか出ませんね。でも、ちょっと一個ミスを犯していて。肉団子みたいなものを純粋な肉だと思って、炭水化物量がめちゃめちゃ多いことに全然気づかず、ずっと食べていたのですよ。
―確かに、つなぎでパン粉など入っていることも多いですよね!
そうなのです。それに全然気づいていなくて、イライラというか、がっかりのような気分です。
―思うように減量できないと。でも、歌などに影響しませんか?
なんといいますか、体作りという意味で、本番迎えるまではしっかりとやっていこうと。なぜかというと、弁慶役の杉尾君がまたシュッとしている子なのですよ。弁慶がシュッとしていて、義経が大柄でというのもね。と、思っていたら、杉尾君は今すごくいっぱい食べていて、体重を増やしてきているのですよ。だから、僕も負けていられなくて。結果どうなるか、まだちょっと分からないですけど、頑張ります。
―皆さん、体作りも含めてストイックに役に向き合われているのですね!お体に無理のないように気をつけていただきつつ、でも仕上がりを楽しみにしています(笑)。ありがとうござました!