ついに「アンジェリーナ」役で主役デビュー。襟を正すような覚悟を持って臨みたい。見どころは、脂の乗り切った時期のロッシーニが書いた壮大なアンサンブルや、ロッシーニ作品で名高いマエストロ・園田氏の音楽、芸達者な共演者の皆さんのアクロバティックな歌や演技。故・アルベルト・ゼッダ先生の教えを胸に、技巧だけではない、人物の感情を伴った“本当のロッシーニの良さ”を伝えたい。休日はヘルシーなおやつをつくったり、他業界の友人と話したり、さりげなくオンを意識しながら、ゆるりと過ごしている。
今最も旬なアーティストのリアルな声や、話題の公演に関する臨場感あるエピソードなど、オペラがもっと楽しめること請け合いの情報をお届けするコーナー「CiaOpera!」。第21弾は、2018年4月29日(日)に、藤原歌劇団本公演『ラ・チェネレントラ』にて主役「アンジェリーナ」役で出演する但馬由香氏。主演に向けての思いや、作品の見どころ、得意とされているロッシーニ作品を歌うときのこだわり、そして休日の過ごし方などについて伺いました。
襟を正すような覚悟で、意志ある「シンデレラ」を。
ーさて、4月28日(土)・29日(日)に上演される藤原歌劇団本公演『ラ・チェネレントラ』。『シンデレラ』のイタリア語読みである『チェネレントラ』、但馬さんは、29日に主役「アンジェリーナ」役、いわゆるシンデレラの役で出演されますが、主役を演じるということにどんな意気込みをお持ちですか?
そうですね、意気込み、と少し違うかもしれませんが。これまでにも藤原歌劇団の本公演に出演をさせていただいておりますが、私は脇から主役の皆さんを支える立場でした。そして、主役の方々の大変さを間近で見ていたので、少し緊張しています。けれど、逆にこうして役をいただかなければそういった苦労も経験できないので、帯をキュッと締めるような、襟をグッと正すような、そんな神妙な気持ちになっています。
ーこのアンジェリーナという役、これまでもアリアはコンサートなどで歌われてきましたか?
はい、アリアはレパートリーとしてコンサートやコンクールで歌っていたのですが、役としては初めてです。『ラ・チェネレントラ』というオペラ自体は、2005年の藤原歌劇団本公演で「ティーズベ」という姉の役で一本通して経験しています。
ーコンサートでアリアを一曲歌うのと、オペラで全幕通して役として歌うのとでは、やはり心構えは変わりますか?
心構えも、使う体力も全く変わってきます。特に、アンジェリーナの見せ場のアリアは物語のいちばん最後ですし。伴奏がピアノではなくオーケストラなのも、合唱が入ることも、ひとりで歌うときとはかなり状況が違います。
ー確かにそうですね!ひとりで歌うのとは違い、オーケストラや合唱、他の役との連携も必要になってくるなかで、このアンジェリーナという人物をどんな風につくりあげていくかの構想はお持ちですか?(お話を聞いたときは稽古前でした)
基本的には演出家が思い描いているアンジェリーナ像に添おうと思っているので、自分のなかにもある程度構想はありつつ、どのようにも対応できる柔軟性を持っていたいと考えています。ただ、歌っていると、かなり“意志”を感じる部分があります。いわゆる「シンデレラ」というと、気が弱くて、家族の言いなりになっていて、儚いイメージですけど、アンジェリーナの歌詞を見ているときちんと自分の意見を主張しようとしている気がするのです。
ー意志を感じる、ですか。
そうですね。「私と結婚する人は、こんな美徳を持っていなければいけません」とか、腕輪を渡すときもちゃんと王子を止めたりして。結構ハッキリ言うな、という印象で、お姫様というイメージだけではないですよね。
ーそうなのですね。作品全体としても、お客様が一般的にイメージしているような『シンデレラ』とは少し違いますよね。
はい、『ラ・チェネレントラ』のほうがより現実的ですよね。魔法使いのおばあさんではなく哲学者だったり、ガラスの靴ではなく腕輪だったり。哲学者も実際現実にいるし、ガラスの靴は履けないけど腕輪ははめられますし。
ーこの作品で、但馬さんが見どころ、あるいは聴きどころと思う部分はどちらでしょう?ひとつはやはり、ご自身のアリアですか?
と、言いたいところですけど、ハードルが上がっちゃいますよね(笑)。もちろんアリアも楽しみにしていただきたいですが、あれは最終曲なので、それより前の部分でいえば、ロッシーニはやっぱりアンサンブルが聴きどころですね。私自身この『ラ・チェネレントラ』でデビューさせていただいた2005年、アンサンブルは歌っていてとてもゾクゾクしました。フィナーレの大掛かりな重唱はもちろん、四重唱だったり、五重唱だったり、キャストのなかで歌う組み合わせがどんどん変わっていく重唱もあって楽しいですよ。ちゃんとバシッとはまれば、ですけど(笑)。一見軽々やっているようでいて、かなり練習しないとできないものばかりなので、頑張らないといけないですね。ロッシーニがオペラをたくさん書き込んでいた時代の作品ですから、各キャストのアリアはもちろんですが、アンサンブルも楽しんでいただきたいです。
ー筆がいちばん乗っていた頃のロッシーニの、重唱が聴きどころなのですね!練習、大変そうですね。
でも、これは前回のときの印象ですけど、前回はイタリア人キャストと日本人キャストという組に分かれていたのですね。そのとき、もちろんどちらも素晴らしかったのですが、日本人キャストのほうがアンサンブルの団結力があるような印象を受けまして。やっぱり国民性なんでしょうかね(笑)。今回は日本人キャストばかりなので、そういう意味でもアンサンブルをお楽しみに、という感じです(笑)。
ロッシーニの“本当の良さ”を、技巧と感情のバランスで伝えたい。
ー今回、共演者の皆さんは、すでにお仕事をしたことのあるかたがたですか?
私の組では、相手役の王子「ドン・ラミーロ」の山本康寛さんは、「ランスへの旅」でご一緒しましたけど、彼は大きな役で、私は小さな役だったので、十人以上の重唱のときに「あ、いたね」ぐらいの感じでした。ドン・マニーフィコの柴山昌宣さんは『セビリャの理髪師』でご一緒して、私が「ベルタ」役で、くしゃみを顔に吹きかけたりしていました。今回はまた、それぞれ演じるキャラクターが全然違うので楽しみです。
ーそうですね、役としての関わりもより深まりますね。
前回以上にありますね。柴山さんは、引き出しが無限にあるかたで、面白い演技をたくさん提案してくださるので、勉強にもなります。今回、山本さんも、組違いの小堀勇介さんも、どちらも「ザ・王子様!」という感じなので、そのあたりもお客様に楽しんでいただけると思います。
ーその他のみなさんは初めましてですか?
はい、楽しみです。結構若いメンバーが多くて、クロリンダ役の横前さん、ティーズベ役の吉村さん、ダンディーニ役の市川くんなど…。
ーフレッシュメンバーなのですね!楽しみにしています。マエストロの園田隆一郎さんはいかがですか?
園田さんは『ランスへの旅』などのロッシーニ作品でご一緒しています。同世代で、私が前回の『ラ・チェネレントラ』でデビューさせていただいたときも稽古場にいらっしゃったので、感慨深いですね。今はもう、どなたも認めるご活躍ぶりですし、日本では「ロッシーニといえば園田さん」というかたでいらっしゃるので、改めてご一緒できて光栄です。
ー今回指揮者としてご一緒されるのは、それは感慨深いでしょうね!演出のフランチェスコ・ベッロット氏とはいかがですか?
ベッロットさんは、今回初めてご一緒します。
ーそうですか!ではどのような演出になるか楽しみですね。先ほど、「ロッシーニといえば園田さん」とおっしゃっていましたが、但馬さんご自身もロッシーニ作品を多く歌われていますね。ロッシーニがお得意なのですか?
いえいえ、大好きですが、もう、難しいんですよ!前回の『ラ・チェネレントラ』でゼッダ先生とご一緒させていただき、当時の私は20代で、本公演デビューで、先生がどれだけ世界的巨匠かということも分かっていなかったのですが、それでもやっぱり魔法のようなタクト(指揮)で。それを機に「自分にはロッシーニが合っているな」と思い、いろいろ勉強もしはじめたので、今があるのはゼッダ先生と藤原歌劇団のおかげだと思います。
ーゼッダ氏の公演がきっかけだったのですね。何か、印象に残っている教えはありますか?
亡くなられる4ヶ月ぐらい前だったと思いますが、先生の公開講座を受けまして。そのときだけでなくいつもおっしゃっていたことではありますが、ロッシーニ作品に登場するものすごく技巧的な音形も、それ自体にはそんなに意味はなくて、そこに感情や生命力を吹き込むのは歌手の力量にかかっている、と。それが出来ているかいないか、いかに正確に、技巧的に素晴らしく歌おうが、ゼッダ先生は一瞬で見抜くんですよ。ただの技巧なのか、ちゃんと意味のある、感情に沿ったものなのかを。それってすごくレベルの高い要求ではあるんですが、そこを曲げずに私たちに求めてくださいました。未だに「出来ていない」と感じる部分が多いですし、やってもやっても天井が見えずにため息が出てしまうこともありますが、それができないとロッシーニの本当の良さは絶対伝わらないということをゼッダ先生から教わりました。それが出来て、「そう!」と褒めていただき「あ、こういうことか」と実感できた瞬間もありました。少しの間だったかもしれませんが、それをリアルに体験することができたことは、今後ずっと私の財産になるだろうと思います。ロッシーニ作品自体は、日本でも結構盛り上がってきているかもしれませんが、ロッシーニの本当の良さが伝わるように歌える人ってどれだけいるんだろう、と思いますし、その教えを浸透させられる一員になっていけたらいいなと。そこを目指して、頑張らないといけないな、と思います。
ーゼッダ氏に教わったことは、貴重な体験だったのですね。ロッシーニ作品を歌うときに、特に意識していることはありますか?
さっきの話と相反する部分もあるかもしれませんが、そうはいってもやっぱり技巧的なので、同じ歌うエネルギーを注ぐにしても、歌う前にものすごく体を準備していないとダメなんですよ。他の作曲家の作品に比べてかなり集中力が必要で、例えるならばオリンピックの競技中の選手のような気持ちかもしれません。なんというか…そう、体幹!ロッシーニを歌うときは体幹をすごく意識します!
ー体幹ですか!
そうなんです、インナーマッスルです。私にとっては、他の作曲家はそこまでではないと感じるのですが、ロッシーニのときは秒単位でガガガッとインナーマッスルを意識するのです。
ーかなりアクロバティックなのですね!
はい。体の筋肉も使いますし、それから早口で、言葉が多いのです。『ラ・チェネレントラ』でも、今回私は歌いませんが、お姉さんふたりの重唱なんてものすごく早口で、前回やったときは口が回らなくて「どうしよう!」と焦ったぐらいです。不思議な面白ダンスもついていたし。そんな、ひょうきんな面もありながら、ものすごくアクロバティックなことをしている、という点も楽しんでもらえたらと思います!
ストレッチ、ヘルシーおやつ、動画、おしゃべり…ゆるりとオンにつながる休日。
ーロッシーニといえば、確かに早口という側面もありますね!そういう早口で、言葉数の多いものを覚えるときは、やはりとにかく練習、練習、なのですか?
とにかく練習ですね!ロッシーニを歌うときは、とにかく回数をこなさないと体に入らないですし、各々が出来ていても全員で合わせたときにちゃんと「ロッシーニ音楽」になっていないと魅力が半減してしまうと思いますので、稽古は本当に大切だと思います。
ーそれにしても、いろいろと歌われていると体力的にも精神的にもハードかと思いますが、オフのときはどのようにお休みされていますか?
私、普段が結構ゆるいんですよ。わりと派手に見られがちなのですが、すごく出不精で。家でボーッとしているのが大好きなんです。何か用事がないと出かけないし、都内にも温泉とかあるじゃないですか、そういうところに行くのが好きなんです。普段も巻き髪にしていますけど、この方がオペラ歌手っぽいかな?と思っているからです(笑)。普段、ものすごく自己主張したい、という気持ちはあまりなく、基本がゆるいので逆にスイッチを入れるまでが大変で、「歌うぞ!」という体制になるまでに、家のなかをうろうろしてみたり、コーヒー飲んだりしています(笑)。
ーむしろオンにするために工夫されているのですね(笑)
そうですね。あとはオンにする為に、朝起きてからストレッチなどをしています。さっき言った、インナーマッスルのために。インナーマッスルを意識するようになったのは、ロッシーニを歌うようになってからですね。
ー運動もしているのですね。お料理などはされますか?
可能な範囲ですが、食べ物には気を使うようにしています。練習していると、やっぱりお腹が空くんですよね。そんなとき、市販のお菓子とかがあるとバクバク食べてしまって、お肌が荒れてしまったりもするので(笑)。ヘルシーおやつを自分でつくっておいて、切り分けて練習中に食べたりします。お豆腐のチョコレートケーキをつくったり、きなこのクッキーをつくったり。
ーお豆腐のチョコレートケーキ!女子力が高いですね(笑)!
ありがとうございます。女子力というよりは、罪悪感とカロリーの低いおやつが必須なのです(笑)
ー他に、今ハマっていることはありますか?
そうですねー、動画サイトで便利情報を見て「ほーっ!」と思うのが好きなんですよ(笑)。
ー(笑)。実践はされますか?
します、します!例えば、このあいだ100円ショップにかわいいマスクケースが売っているという情報を見て、すぐ買いに行ってしまいました(笑)!カバンのなかでもマスクがぐちゃぐちゃにならないし、本当に便利なんですよ!
ーなるほど!マスクは必需品ですからね!
あとは、音楽関係以外の友達に会ったりすることが好きです。会社員をやっていた時代があるので、オペラやクラシック音楽の業界とは違う価値観の友人も多く、会うといい刺激になるんです。やっぱり、ずっと同じ世界にいると分からなくなるじゃないですか。同じ業界じゃないかたの、オペラの捉え方、音楽の捉え方とかを聞いていると、例えば自分がコンサートを企画するときなどにもすごく勉強になります。
ー会社員時代があったのですね!
会社ではレアキャラでしたよ、“歌える事務員”みたいな(笑)。オペラ歌手はそういうかたが多いかもしれませんが、私自身おしゃべりをするのがすごく好きで、その会社員時代に仲良くなれて、今でも友人としておつきあいが続いているかたが多くいます。その友人たちが、「そこまでして歌をやろうとしているんだ!」と、コンサートに来てくれたりして応援してくださるので、すごくありがたいですね。今回の『ラ・チェネレントラ』は、すごくとっつきやすくて、見ていただきやすく、友人たちにも「シンデレラだよ!」といってオススメしやすいです。
ー確かに、『ラ・チェネレントラ』は、これからオペラを観てみようというかたにもオススメできますね。そうやって、少しでも多くのかたがオペラに触れて、いいなと思ってもらえるのは嬉しいことですよね。
はい。特に今回、オペラ・ブッファ(喜劇)で、面白い演技が得意なかたが本当に多いので、ぜひ多くのかたに来て楽しんでいただきたいです。
聞いてみタイム♪ 前回お話をお聞きした佐藤美枝子さん、中鉢聡さんのおふたりから、但馬由香さんへの質問が届いています。
ー1日公演プロデュースできるとしたら、どのような演目をプロデュースして、どのような方に依頼したいですか?
ええーー、超ビッグなおふたりから質問が来てしまいましたね!!そうですね…個性的で、面白い、主役ではないけれど脇を固めているすごく重要なオペラの役だけを集めたコンサート、なんて企画してみたいです。メインの役がバーンとたくさん出てくるという趣向の企画はいっぱいあると思うので、もうちょっとカジュアルな雰囲気で、衣装もタキシードやドレスではなくきちんと役の衣装をつけていて、白髪だったり、しわがあったり、小道具を持っていたり…主にオペラ・ブッファの、サブキャラ・コンサートみたいなことが出来たら面白いかなぁと思います。ちょっと何かに特化した企画がやってみたいです。
ーすごく面白そうですね!ぜひ観てみたいです!どんなかたに依頼したいですか?
そうですね、まさに今回ご一緒する柴山さんや、谷さんや、その他にも久保田真澄さんとか…佐藤美枝子さん、中鉢さんもこういう面白役、お好きそうだと思うのでお願いしてみたいですね(笑)!藤原歌劇団は、芸達者で、こういうことがお得意なかたがすごく多いと思います!そして、私も出たい(笑)。
ー但馬さんは、どんな役を歌いたいですか?
例えば最近のレパートリーでいえば、昨年の公演で演じた『セビリャの理髪師』のベルタ。それに、藤原歌劇団の公演ではないのですが『かぐや姫』というオペラで「おばあさん」の役をやって、かぐや姫の求婚者に恋をしちゃったり、お爺さんの胸ぐらを掴んだりしてすごく面白い役だったので、それも良いですね。
ーぜひ実現させてください(笑)!ありがとうございました!
取材・まとめ 眞木 茜