父親役を演じる年齢になったという感慨も噛みしめつつ、初めて演じる“シンデレラ”アンジェリーナの父親「ドン・マニーフィコ」。人と違う視点での人間観察や日々の練習を大切に、役をつくり、流暢なイタリア語の早口をモノにしたい。一緒に舞台に立てることが嬉しい共演者、園田氏の楽譜解釈、そして面白い弟を通じて自分との仕事を楽しみにしてくれているベッロット氏など、とても楽しみの多いプロダクションだと感じる。プライベートでは、オフの日をつくるために戦っているが、学生との交流で満たされている部分もある。
今最も旬なアーティストのリアルな声や、話題の公演に関する臨場感あるエピソードなど、オペラがもっと楽しめること請け合いの情報をお届けするコーナー「CiaOpera!」。第22弾は、柴山昌宣氏。2018年4月29日に出演する『ラ・チェネレントラ』のドン・マニーフィコ役への思いや、役づくり・練習で心がけていること、共演者や指揮者、演出家について、また同じ藤原歌劇団で歌うご兄弟やプライベートの過ごし方について、お話を伺いました。
深い考察の役づくりは、「相手に自分がつくられる」。
ー柴山さんは、今回29日(日)の藤原歌劇団本公演『ラ・チェネレントラ』に、ドン・マニーフィコ役として出演されますね。作品にのぞむにあたっての、今の思いをお聞かせいただけますか?
まず、ロッシーニが大好きで、自分でも得意だと思っている作曲家なのですが、それでも非常に歌唱は難しいと感じます。もちろん、難しいことを必死にやっている、とお客様に感じさせてしまってはいけないと思うので、流暢に歌えるよう常に努めていますが、やっぱり難しい。それでも慣れた役ならまだいいのですが、今回は初めての役なので気合を入れようと思います。『ラ・チェネレントラ』という作品自体は知っていて、ダンディーニ役で出演したこともあるのですが、アンジェリーナの父親であるドン・マニーフィコ役は初めてで、自分もそういう役をやる歳になったのかな、と感慨深い部分もあります(笑)。
ードン・マニーフィコは今おっしゃられたように、“シンデレラ”アンジェリーナの父親ですが、役どころとしては一般的に知られている『シンデレラ』でいうところの「まま母」に近いですよね。
そうですね、童話として有名なストーリーのなかでは怖い怖いお義母さんとふたりの娘が出てきて、女性の世界みたいなものが描かれていますよね。それが父親という男性に置き換わったのは、ひとつはオペラ内での声のバランスを考えてのこともあったのかもしれません。
ーなるほど、そういった側面もあるかもしれませんね。柴山さんといえば演技力の面でも知られているように思いますが、今回のこの意地悪な“お父さん”ドン・マニーフィコ役は、どのように演じようと考えていらっしゃいますか?
もちろん演出家のベッロット氏と話し合って役を築きあげていく部分はありますが、自分のなかでは、まずこの人は「男爵」ですが地位を失いかけている。けれどそれは自分で好き好んでそうなったわけではないと思うのです。そしてこういった物語にはよくありがちな身分があるのは強い人、身分の低い人は弱い人というような社会的背景のなかで、そういった高い地位に憧れているがために“意地悪”とされるような行動に出てしまうのであって、実は人間的にものすごく気が弱く、やさしいところすら持っている人なのではないかと考えているのです。
ー意地悪一辺倒ではなく、表面的な行動の裏に隠された、内面的な部分も考慮されていらっしゃるのですね!
たぶん彼の行動は気持ちの裏返しで、最後にアンジェリーナが王子様と結婚することになると、今までは彼女のことを「ダメな女だ」と言っていたのにコロッとついていってしまう。けれど、それは身分に憧れている部分があったからで、アンジェリーナのことも最初から人間的に否定しているわけではない。社会背景が、彼をそうさせてしまっているのではないかと僕は考えているのです。
ー深い考察ですね!こういった役づくりをする際に、何か心がけていらっしゃることはありますか?
そうですね、僕は少しへそまがりなところがあって(笑)。例えばイタリアに留学していたとき、オペラも観に行きましたが、人があまり観に行かない演劇によく行ったのです。イタリア人でもあまり行かないような芝居小屋に入って、周りに「お前にわかるわけがないだろう」というような顔をされて。実際によくわからない部分もあるんだけど、でも「こういうときにこんなしぐさをするんだ」とか「喋っていないときにどういうことをしているんだろう」とか、そういう点を好んで見ていました。しかも主人公というより、周りの役がどのように振舞っているかということに興味を持っていたんですよ。また、イタリアの街を歩いている普通のおじさんたちでも、イタリア人は顔もいかついし「なんだかすごいことを話しているんじゃないか」というような印象を与えるんですが、イタリア語がわかってきてよく聴いてみると、実はアイスクリームを舐めながら「あの子可愛いね」なんて他愛もない話をしていたりするんです。そのギャップがすごく面白くて、舞台で使えるな、と考えたりしていました。
ー普段から、よく観察することを心がけていらっしゃるのですね。
観察、好きですね。普段も駅のホームのベンチに座ったりして、「あの人はどこに行くんだろう?何をするんだろう?」と見ていたりします。
ーそれが、柴山さんの役づくりにつながっているのですね。
昔から、歌うときは歌う、演技するときはする、と分かれているのは不自然だなと感じていて。物語の中の人であっても、食事もするだろうし、お手洗いだって行くだろうし、生活が感じられたほうがいいなと思っていて、じゃあそれを出すにはどうしたらいいかと考えてきたのです。舞台に出ていないときにどう過ごすか。例えば走ってきて息を切らしている、なんていうしぐさにしても、本番ではやりすぎると声が出なくなってしまうのでやりませんが、練習のときには実際に走ってみて、こうなるんだなと実感することを心がけています。それと、こちらが演技をすると、相手が返す。また違う出方をすると、別のものが返ってくるというように、自分が役をつくるというよりは、相手に自分をつくられているという風に思うので、逆に自分も相手をつくってあげられるようにするにはどうしたらいいか、ということも考えていますね。
ー「相手に自分をつくられている」ですか!
そうなのです。だから共演者とはすごく親密にならないと、僕は自分自身が出せないと思うのです。今回のプロダクション、期間は短いのだけどすごく密に稽古があるから、元々知っている仲間ということもあるけれど、また前にやった役とは違う今回の役を通して仲良くなることができると思うと、とてもいい雰囲気で稽古が進められているように感じています。
ものすごく幸せな共演についてと、早口習得のコツ。
ーでは、共演者のみなさんはもうよくご存知だったり、舞台でご一緒されていたりする方々なのですね?
主役・アンジェリーナの但馬由香さんは『セビリャの理髪師』でご一緒して、絡みの多い役をやっていたのですごく印象に残っていますね。とても楽しかったです(笑)。あ、ドン・ラミーロの山本康寛さんは今回初めてご一緒します。ダンディーニの市川宥一郎さんは、僕とは大学院の先生と生徒の関係で、本当に彼の声が出るか出ないかというところから知っているから、そういう人とこうして一緒に舞台に出られて、そして二重唱、とても面白い二重唱がダンディーニとドン・マニーフィコにあるのですが、それを一緒に歌えるということはすごく幸せに感じています。
ーやはりそういうとき、嬉しく感じられるものですか?
ものすごく嬉しいですよ。逆に自分もそういうときがあったな、と思うし。やっぱりどうしても年齢は嘘をつけないから、20代の人から50代の人を見て「あぁ、すごい!」と自分が昔思っていたように、彼も僕にそう感じている部分もあると思うし、逆に僕自身は全然そんなつもりはなくて、むしろどこかで同じジェネレーションでいたいと思っているぐらいだけど。でもとにかく、相手役になってくれることが大変楽しみです。
ーいいお話ですね!そして、横前さん、????村さん、上野さんはいかがでしょう?
クロリンダの横前奈緒さんは、共演は初めてだけれど、コンクールとかオーディションとか、動画サイトなどでもご活躍も見ているし、ヨーロッパでも活躍できるかたなのだなぁと感じるのでご一緒できるのがとても楽しみですし、ティーズベの????村恵さん、アリドーロの上野裕之さんはやっぱり以前生徒だった方々です。だから、いろいろな意味で楽しみがたくさんあるプロダクションですね。
ーお話を聞いたあとだと、私たちも観ていて嬉しくなりそうです。柴山さんオススメの見どころ・聴きどころはやはり、先ほどおっしゃったダンディーニとの二重唱も含まれるでしょうか。
そうですね、本当に面白い二重唱ですよ。それからその他の重唱もいいですし、またドン・マニーフィコにはひとりで歌うアリアが3曲あるのですが、どれも本当に個性的な曲で面白いです。早口の言葉をいっぱい体に入れなければいけないのですが、そういうことも僕は大好きなのです。「生麦、生米、生卵」と言えるかといったら言えなくて、生来は苦手なほうなのだけど、アリアのイタリア語を最初はゆっくり少しずつ練習して、流暢に見えるようにしていくのです。
ー早口のイタリア語をモノにするには、かなり練習されるのではないですか?
はい、もう、道を歩きながらでもつい我を忘れて自分の世界に入って、ブツブツ言ってしまったりします。それですれ違った人にバッと振り向かれたりして(笑)。でもそういう練習の積み重ねがすごく役に立ったりもします。本当は、声を出して練習するのが一番ですけれど、あまりやりすぎても喉が疲れてしまうし。日々欠かさずお経のように唱えたり、メトロノームを使ってゆっくりから始めて、だんだんマエストロのテンポへ近づけていくということもします。
ーそういった日々の積み重ねが、早口を身につけるコツなのですね。
マエストロ、演出家、そして弟。ほしいのは、緑の休日。
ーマエストロの園田隆一郎さんとは、今年2月~3月の日本オペラ協会公演『夕鶴』からご一緒しているとお聞きしました。
そうですね。最初は藤原歌劇団の『ラ・ボエーム』でご一緒させていただいて、本当にイタリアの音を出せる、イタリアオペラを振れる数少ない日本の指揮者だなと感じました。そのかたとまた前回2ヶ月ぐらい日本オペラ『夕鶴』でご一緒して、それから今回の『ラ・チェネレントラ』ですが、すごく印象に残っているのは、園田さんは楽譜に本当に忠実なこと。「楽譜に書いてある音符の長さにはそれぞれ意味がある。休符もしっかり守りましょう、そこに意味を持たせましょう」と。ロッシーニならロッシーニ、團伊玖磨なら團伊玖磨の気持ちを汲もうとされている指揮者だなと思いましたね。
ー音符ひとつ、休符ひとつに意味を見出されているのですね。
はい。やっぱり歌い手としては、声を伸ばしている時間が長いほうがいいという意見が多いのですが、『ラ・チェネレントラ』にしてもこれだけの登場人数の重唱を導いていくには、「楽譜があるでしょう」というご意見なのです。「楽譜というのは、世界の人が同じものを持てるし、たとえ言語が全然通じない人でも、この楽譜どおりにやれば明日にでも作品が出来るようになる」という信念をお持ちだから、ご一緒しているとすごく原点に帰るような気持ちになります。
ー演出家のベッロット氏は初めてのお仕事ですか?
そうですね。ただ、僕には弟がいて、同じく藤原歌劇団でテノールとして活動していて、2016年のベッロット氏演出の「ドン・パスクワーレ」では公証人で出演しています。そのベッロットさんが弟のことを「すごく面白いキャラクターだ」といって気に入ってくださっているらしくて。それで「今度はその兄ちゃんが出る」というのを楽しみにしてらっしゃるという話を聞いて、なんだか少しハードルが上がっているな、と思ったりもしています(笑)。
ー弟さんも藤原歌劇団で歌われているのですね!
うちは、兄弟夫婦ともみんな揃って藤原なのです。今回の合唱にも弟は入っています。本当に面白いですよ、弟は。
ーお兄様も認める面白さなのですか!普段から弟さんと仲がよろしいのですか?
そうですね、普段と同じようなことを普通に喋っていてもみんな周りが笑っているから、やっぱりなんか可笑しいんだな、と思いますね(笑)。最近は稽古場などでたまにしか会えないですが、年末年始に家族で集まったときにも僕たちの会話に家族みんなが笑っています。
ーご家族みなさんが笑われるとは、本当に面白い会話をされているのでしょうね!お聞きしてみたいです(笑)。柴山さん、オフの時間はどのように過ごされているのですか?
いやぁ、オフの時間というのがなかなか無くて、オフの時間をつくるのに戦っています(笑)。夜7時に夕飯を食べられるなんてことはまずなくて、たまにそんなことがあると「テレビ観ながら7時に夕飯食べてるじゃん!」と驚きます。休日をつくるのがうまくないのかもしれません。
ーお忙しいのですね!たまの休日には、オペラや音楽とは切り離されますか?
はい、もうそういう日があるならば、何もしないです。外にも出ないで、家に閉じこもって、軽い音楽でもかけながら本当にボーッとしている。努めてそうするようにしていますね。
ー何かご趣味はありますか?
電車に乗ったりすることは好きなので、行ったことのないところへスーッと行って、そこで歩いてみたりするわけではなく眺めを楽しんだり、さっきの話にもあったように少し人を観察してみたり。気が向いたところへポーンと行って、ボーッとしている。そんなことが趣味かな。
ーゆったりしていていいですね。例えばどんなところへ行かれるのですか?
僕はね、海じゃなくて山派なんですよ。青の方ではなく、緑の方へ行くんです(笑)。そして歌でもそうなのだけど、やっぱり人がやらないようなことや、行かないようなところが好きなので、人が少ないところへ行きますね。
ー人が少ないところで森林浴、リラックスできそうですね。
はい。そんな日をつくれるように、戦っています(笑)。
ーそうすると、あまり何日か続けてというお休みは難しいのではないですか?
そうですね、だいたいとれて1日です。大学で学生を教えたりもしているので。でも、学生と一緒にいるのもわりと好きなんですよ。だから、それでいいのかなとも思う。オペラの話とか、音楽の話とか、人生相談とか。そんなことが好きであまり苦にならないから、そこで発散できている部分もあるのかもしれないですね。
聞いてみタイム♪
アーティストからアーティストへ質問リレー
但馬由香さんから柴山さんへ届いている質問をご紹介します
ーもし女声歌手に生まれ変わるとしたら、どんな声種で、どんなオペラの役を演じてみたいですか?
女声だったら?やっぱりメッゾ・ソプラノかな!昔楽器もやっていたのだけど、ファゴットとかトロンボーンとかで。チェロなんかも好きだから、中低音の響きが好きなんですよね。だから声でも、もし選べるならメッゾ・ソプラノがいいかなぁ。
ーなるほど、中低音がお好きなのですね。役はいかがですか?
このあいだの『セビリャの理髪師』のロジーナとか、今回の『ラ・チェネレントラ』のアンジェリーナとか、やっぱりロッシーニのオペラの役はやりたいです。
ーやはりロッシーニは外せないのですね!
そうですね。あとはヴェルディの『ファルスタッフ』のメグ・ページやクイックリー夫人、モーツァルトの『フィガロの結婚』のマルチェッリーナとか。『カルメン』は少し違うかもしれない。人から「あぁなるほどね、柴山さんがやりそうだね」と言われるのは、メジャーな役ではないような気がします(笑)。
ーちょっとツウな役選び、素敵です!お話、ありがとうございました。
取材・まとめ 眞木 茜