アーティスト インタビュー

迫田 美帆

藤原歌劇団デビューで務める『蝶々夫人』のタイトルロール。

Vol.32

『蝶々夫人』のタイトルロール「蝶々夫人」。藤原歌劇団のデビューでの大役に「いいのかな?」と思うこともあるけれど、初めてだからこそ思い切りできることもきっとある。芯の強さと10代のかわいらしさを併せ持つ蝶々さんを、表現しよう。日本の美しさが詰まった舞台を、素晴らしい共演者やスタッフの皆さんとつくれる幸せを、「楽しもう」。大学の声楽科卒業後は、会社に勤めながら歌の道を模索。音楽に理解のある職場で、自分を伸ばせる学びの場や先生と出会い、どんどん自分で切り開いてきたから、今がある。

今最も旬なアーティストのリアルな声や、話題の公演に関する臨場感あるエピソードなど、オペラがもっと楽しめること請け合いの情報をお届けするコーナー「CiaOpera!」。第32弾は、2019年4月27日・28日上演『蝶々夫人』にて、28日にタイトルロールの「蝶々夫人」役を務める迫田美帆氏。藤原歌劇団デビュー公演ともなる本公演で、蝶々夫人を務めるにあたっての意気込みや、共演者について、オペラ歌手になるまでの意外なエピソードを伺いました。

初めてだからこそ、思い切り。芯が強くかわいらしい「蝶々さん」を。

ーまずは、4月28日にご出演の『蝶々夫人』のお話を中心に伺っていきたいと思います。迫田さんは今回、『蝶々夫人』のタイトルロール「蝶々夫人」を演じられますね!やはりいろいろな思いが胸中におありだと思いますが、今のお気持ちはいかがでしょうか。

このような大役をいただいたことに正直不安もありますが、逆にいろいろなことを知らないので、思い切ってできるのではないかという気もしています。全力を注いで、頑張ります。

ー最初は、どのようにお話が来たのですか?

去年の夏ぐらいに折江先生からお電話をいただき、「『蝶々夫人』って、どう思われますか?」と聞かれました。そのときは、まさかこんなお話がくるとは思いもよらなかったので、「将来的には歌ってみたいですが、今の自分が歌うには不安があります。」とお返事をしたのです。そのあと、声を聞いていただく機会があり、しばらくしてから今度は正式にお話をいただいてびっくりしました。

ーそうだったのですね!折江さんは、迫田さんに注目していらしたのですね。

どうでしょうか(笑)。でも、気にかけてくださっていたようで。とてもありがたいお話です。決まった瞬間は、にわかに信じられなくて、実感するまでに時間がかかりました。正式なオファーをいただいたとき、実はドイツにいまして、ミュンヘン国際コンクールを受けていたのです。残念ながら予選通過ならずその結果発表の日にこちらの『蝶々夫人』のご連絡をいただき、「これは夢かもしれない」と。そのオファーをいただけたことで、気分が晴れました!

ーそれは、運命的な瞬間ですね!この「蝶々夫人」という役にはいろいろな側面があると思いますが、今どういった人物像をつくっていこうと考えていますか?

楽譜を見たり、原作を読んだりしていくなかで、芯の強い女性だということは感じています。ただ、ときどき冗談も言ったりして、その冗談がとてもかわいらしくて。「やっぱり10代の女の子なのだな」と感じたので、自分が演じるときも芯の強さとかわいらしさを併せ持った女性でいられたらいいなということは思っています。蝶々さんは結婚して、そのあと出産して、子育てして、という女性としてすごく大きなイベントをこの2時間ちょっとのあいだに経験するのですが、特に結婚する第一幕と、出産して子育てをして3年が過ぎた第二幕の、このあいだをどう埋めるかというところを、つくりあげていきたいと思います。

ー第一幕と第二幕のあいだに、確かに3年という年月が経っていますね。

第一幕では、蝶々さんは15歳。3年経つと18歳になっています。15歳から18歳の女性の成長って、現代で考えても結構大きいじゃないですか、体も心も。それがこの物語の時代となると、また相当に大きな変化なのだろうなと思っていて。しかも、そのあいだに出産も経験します。そもそもはじめの15歳の頃からして、家が没落して芸者に身をやつしているという過酷な状況にあり、大人にならざるを得ず、そのなかでも垣間見える若い女性としてのかわいらしさをどう表現したらよいか。それを模索していきたいです。

ー妻で、母で、けれどもひとりの若い女性でもあるという蝶々さんの表現、なかなかやりがいがありそうですね!楽しみにしています。この『蝶々夫人』、よく知られた作品ではあると思いますが、改めて楽譜や原作、そして役に直に触れてみて「ここが見どころ」と迫田さんが感じる、いちおしのシーンはありますか?

そうですね、勉強していると、全部が見どころのような気がしてきていますが(笑)、あえて挙げるならば、やはり一番有名な蝶々さんのアリアである「ある晴れた日に」。この歌に、蝶々さんの本質が全部含まれていると感じます。夫となったピンカートンの、アメリカからの帰りを一途に待つ気持ちだったり、「でも私は隠れて待っているの」という遊び心だったり。そういったコロコロ変化する蝶々さんの心情を、このアリアから感じ取っていただけたらと思います。

不安もあるけど、「楽しもう」。デビューを支える、心強い共演者。

ー今回、迫田さんはこの『蝶々夫人』が藤原歌劇団のデビュー公演になるのですね。デビューで蝶々さん、素晴らしいですね!

稽古が始まる前は、デビューで、タイトルロールでとちょっとプレッシャーも抱えていたのですが、稽古を通して皆さんと関わらせていただくなかで、日に日に不安よりも「こういう素晴らしい人たちと、ひとつのオペラをつくるんだ」という思いが増していきました。また過去の舞台の、DVDを観たりもしたのですが、日本の美しさが詰まった舞台に自分が立っているところを想像して、「こんなに幸せなことはないな。楽しもう」と思えるようになりました。

ー今は、とてもポジティブな気持ちで向き合っていらっしゃるのですね。このデビューに至るまでは、いろいろと勉強を重ねていらしたと思いますが、これまでの経験を踏まえて歌うとき大切にしていらっしゃることはありますか?

「言葉」を大事にしよう、と最近思えるようになりました。音楽で、言葉が入るのって歌だけですよね。これまでは発声にばかり気を取られていたのですが、言葉が入るだけで表現の幅がすごく広がるということを、やっと身をもって実感できてきまして。今回の『蝶々夫人』を勉強するにあたっても、ひとつひとつの言葉をどんな風に歌うかという点を心がけて練習しています。

ー「歌詞」であると同時に、「台詞」という一面も持っていますものね。大切なことですね。これまでは、どんなレパートリーを歌っていらしたのですか?

モーツァルト作曲『ドン・ジョヴァンニ』の「ドンナ・エルヴィーラ」とか、ヴェルディのオペラ『リゴレット』の「ジルダ」や『イル・トロヴァトーレ』『ラ・トラヴィアータ』などです。

ーなるほど、やはり蝶々さんにも通じる声質の役が多いようにお見受けしますね。一方で、蝶々さんという役は「ソプラノ殺し」といわれることもあり、ハードな役という印象もありますが、歌ってみていかがですか?

そうなのです、その不安も最近払拭されてきたのです。やはり、話をいただいたときは「私に歌いきれるのだろうか。」と思ったのですが、練習を重ねて自分の体に音楽が体に入ってくるにつれて、だんだん全幕通して歌っても大丈夫かな、と思えるようになってきました。歌い込んでいくうちに、あるとき発声のことを考えなくなるのですが、そうなると音楽が自分のものになったなという感じがします。「あ、今感情のことしか考えていなかったな」とか、「演技のことを考えていたな」とか。

ー音楽を自分のものにすることが、自信につながるのですね。音楽が体に入ると、自然と感情や演技に移れるものなのでしょうか?

はい。プッチーニの作品は特に、音楽に助けられる部分が多くて。楽譜にかなり細かく表情記号や速度記号が書かれているのですが、それを書かれている通りに演奏し、さらにその演奏が体に入ったとき、自然とその感情になっているということは、今回の『蝶々夫人』でもかなりあります。「プッチーニってすごい!」と(笑)。

ーそれを表現されている迫田さんもすごいです(笑)。ところで蝶々さんという役は、周りの方との関わりも重要になってくるかなと思うのですが、今回共演者の皆さんとは初めてのお仕事となるのでしょうか?

指揮者の鈴木恵里奈さんは大学の2つ上の先輩で。芸大では3年生のときにオペラをやり、その合唱として1年生が乗るのですが、鈴木さんが3年生のオペラで指揮をされているところに私が1年生で合唱として入って。そんな共演は1度しています。

ーそうなのですね!では、久しぶりの共演ですね?

はい、すごく久しぶりです。でも覚えていてくださいました。歌の方々はオペラで共演するのは初めての方ばかりですが、スズキ役の但馬由香さんは、何年か前にコンクールで一緒になって。本選に残ったメンバーが男性8人女性2人で、その2人が私と但馬さんだったのです。だから、女性同士励ましあいながら頑張った思い出があります。

コンクールにて但馬由香さんと

ーそれも巡り合わせですね!そして今回も、おふたりで励ましあいながら3年間を待つという間柄で(笑)。

本当に、その通りですね(笑)。

ー他にも、どこかでご一緒されたことのある方はいらっしゃいますか?

はい、シャープレス役の市川宥一郎さんとは、マリエッラ・デヴィーア先生のレッスンでご一緒して、コンサートにも一緒に出ました。また、神官役の立花敏弘さんや、組は違いますがヤマドリ役の泉良平さんともご一緒したことがあり、そう考えると、これまでいろいろな機会にご一緒している方は多いかもしれません。それに、初めてお会いする方でも本当に皆さん気さくで、いろいろな不安が解消されています。相手役の藤田卓也さんは、とても素敵に歌ってくださり、藤田さんのピンカートンだったら3年間待てるな、と思いました(笑)。

ー3年間待てるピンカートン!そして待つ蝶々夫人、その掛け合いは必見ですね!また、驚きの巡り合わせのご縁でつながった皆さんとのオペラ初共演も、見逃せません。

会社員として働きながら、切り開いたオペラ歌手への道。

ーところで迫田さんは、オペラ歌手になるまでに少し面白い経歴を辿っていらしたとお聞きしました。

はい。東京芸術大学の声楽科を出たのですが、当時私はとても優秀とはいえない学生で(笑)。大学院にも行けず、「どうしようかな」と。留学も考えたのですが、あまりにも自分がやっていける自信がなくて、だったら就職をして歌の勉強をするベースを築き上げようと思って。お金を貯めながら、ときどき1、2週間、あるいは1ヶ月、ちょこちょこイタリアに勉強に行ったりしていました。

ー普通の企業でお仕事をされていたのですね!どんなお仕事をされていたのですか?

会社役員の方々の秘書をしていました。私がついた上司は教養も深く、音楽にも関心の高い方が多くて。「イタリアに勉強に行きたいのでお休みさせてください」というと、「いいよ、いってらっしゃい!」と言ってくださったのです。今回の『蝶々夫人』にも、当時の上司が何名か来てくださいます。

ー『蝶々夫人』での主演デビュー、喜ばれるでしょうね!それにしても、ご理解のある職場の方々に恵まれ、勉強を続けていらしたのですね。そしていよいよオペラへの道を踏み出したきっかけは、何かあったのですか?

社会人になって3年目ぐらいのときに、サントリーホールの「オペラ・アカデミー」を見つけたのです。さっそく試験を受けて、入ることになり、そこでジュゼッペ・サッバティーニという師と出会いました。私には先生の指導がとても合っていたといいますか、アカデミーで学んでいた4年間で、自分でもびっくりするぐらい歌えるようになったと成長を感じ、少しずつコンクールでも認めていただけるようになったりして、「歌っていけるかも」と思い始めたのです。ちょうどその時期結婚をしたこともきっかけで、会社を辞めてオペラの道へ進み始めました。

ー常にご自身で考えて、積極的に切り開いてこられたのですね!アカデミーで出会った先生は、イタリアに勉強にいらしたときの先生とはまた別の方なのですね?

はい。私はイタリアのパドヴァに通っていたのですが、それはマーラ・ザンピエーリというすごく好きなソプラノの先生のところでして。大学4年生の頃に、ザンピエーリ先生の『マクベス夫人』(ヴェルディ作曲)にハマって、毎日のように聴いていたのです(笑)。あるとき先生のホームページを見たら、「レッスンしたい方はこちらへ連絡してください」というようなことが書かれていたので、「毎日CDを聴いています。レッスンしてください。」と片言のイタリア語でメールを送ったところ、「声を聞かせにいらっしゃい」と返事をくださって。それで、年に何回か先生のところに通うことになったのです。今もときどき、イタリアに行くとパドヴァに寄って声を聞いていただいています。

イタリア・パドヴァにて

ー今も、よくイタリアに行かれるのですか?

はい。サッバティーニ先生が、毎年夏にローマでマスタークラスを開いているのでそこに行ったり、コンクールを受けに行ったりしています。

ーやはり精力的に活動されていますね。ということは、迫田さんはオフのときも音楽が側にあるのですね。

そうですね、時間があるときは、他のオペラを聴きに行ったり、違う楽器のコンサートを聴きに行ったりしますね。

ー違う楽器もお聴きになるのですか。何か歌のヒントを得ることはありますか?

いろんな楽器の人に聞いても、最終的には皆さん、「歌うように弾きたい」とおっしゃるのですよね。だから、楽器にも歌と共通する部分ってあるのだなと感じます。レガートのつけ方とか、ビブラートのつけ方とか。そういうひとつひとつのことがヒントになります。

ー「歌うように弾きたい」、印象的な言葉ですね!楽器も、楽器の曲も、人がつくったものですから、どこかに人の言葉を感じさせる部分があるのかもしれないですね。

そうですね。かたや、私は実際に歌っているので、「あれ、もっと頑張らなきゃいけないかな?」と思いますけれどね(笑)。

ー迫田さんの歌は、もうすでに出来ていらっしゃると思います(笑)。それにしても、学びでもプライベートでも、ご自身でどんどん向かっていかれる姿、尊敬します。お話ありがとうございました。

聞いてみタイム♪ アーティストからアーティストへ質問リレー。
清水良一さんから、迫田美帆さんへ。

ー今回の聞いてみタイムは、前回お話をうかがった清水良一さんから、迫田美帆さんへの質問です。

ー15歳で結婚した蝶々さん。迫田さんが15歳のころは何をしていましたか。どんな学生生活でしたか。その頃の夢や夢中になっていたことがあったら教えてください。

私が15歳の頃は、陸上競技に打ち込んでいました。当時の種目は走り幅跳びで、夢は大きく、オリンピック選手でした(笑)。朝一番で学校へ行って朝練をし、午前中の授業の合間に早弁をして昼休みに昼練、放課後は遅くまで部活に参加していました。夏休みなどの長期休暇も、ほぼ毎日部活や合宿に参加していたため、友達と遊んだ記憶はほとんどありません。そして、この時鍛えられた体幹や肺活量、忍耐力が、歌手になった今大いに役立っています。

ーなんと、陸上に打ち込まれていたのですね!こちらも意外な素顔です。それもすべて、今このご活躍につながっていますね。貴重なお話、ありがとうございました!

取材・まとめ 眞木 茜

迫田 美帆

ソプラノ/Soprano

藤原歌劇団 正団員

出身:東京都

東京藝術大学卒業。卒業後、ローマやパドヴァなどイタリア各地で研鑽を積む。2015年、サントリーホール オペラ・アカデミー プリマヴェーラ・コース第2期を最優秀の成績で修了。2017年、同アドバンスト・コース第2期修了。第50回日伊声楽コンコルソ入選。第13回東京音楽コンクール声楽部門第2位。第86回日本音楽コンクール声楽部門入選。故・中畑和子、直野資、M.ザンピエーリ、G.サッバティーニの各氏に師事。昭和音楽大学の文化庁委託事業「平成28年度 次世代の文化を創造する新進芸術家育成事業」にて新進歌手オーディションに合格し、世界的ソプラノ歌手M.デヴィーアの指導を仰ぐ。さらに公開オーディションの優秀者として披露演奏会に出演。 これまでに、「ドン・ジョヴァンニ」ドンナ・エルヴィーラ、「愛の妙薬」アディーナ、「リゴレット」ジルダ、「イル・トロヴァトーレ」レオノーラなどで出演。また、本年2月にはサントリーホール オペラ・アカデミー公演「フィガロの結婚」のアルマヴィーヴァ伯爵夫人で出演し、好評を博した。いずれも磨かれたテクニックと深い解釈に裏づけされた、安定したのびやかな歌唱が高く評価されている。藤原歌劇団団員。東京都出身。

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