作品について

本公演は終了いたしました。

倉本 聰 原作/渡辺 俊幸 作曲/吉田 雄生 オペラ脚本
オペラ全2幕 新作初演

倉本聰の名作が初のオペラ化

未来につなげ、いのちの木

イントロダクション

《ニングル》は、「北の国から」など、テレビや舞台を中心に数多くの名作を世に送り出してきた脚本家・倉本聰の代表作の一つです。本作が書かれた40年前、環境問題が今ほど取り上げられていなかった時代に、早くもこの問題に警鐘を鳴らしています。

これまで朗読劇や舞台などで多くのファンを魅了してきた本作が、この度オペラ「ニングル」として新たな一歩を踏み出します。倉本作品初となるオペラ化であり、ジャンルを問わず、多方面から注目を集めています。作曲はテレビ、映画の劇伴で活躍し、オペラ「禅~ZEN~」の作曲で高い評価を得た渡辺俊幸。オペラ脚本は原作者・倉本聰の信任が厚い吉田雄生が担い、オペラ脚本家としてデビューを飾ります。指揮と演出には、2023年2月に日本オペラ協会公演「源氏物語」を大成功に導いた田中祐子と岩田達宗が再びタッグを組み、本作に命を吹き込みます。

金がなければ暮らしていけない。だが、森がなければ生きていけない。《ニングル》は、この2つの現実の間で苦悩する二人の若者の相剋のドラマです。現実のために未来を忘れる青年・勇太(ユタ)をバリトンの須藤慎吾と村松恒矢が、未来を想って現実に破れ死を選ぶもう一人の青年・才三を、テノールの海道弘昭と渡辺康が演じます。また、プリマドンナの佐藤美枝子と光岡暁恵がかつらを務める他、日本オペラ協会を牽引する歌手陣が、東京フィルハーモニー交響楽団の演奏に乗せて本作の世界を表現します。

『昔に返せ』『未来につなげ』…ニングルから人間への痛切な訴えを今、日本オペラ協会渾身の想いでお届けします。

あらすじ

第一幕

北海道富良野岳の山裾に拡がる原生林。森に囲まれたそこにピエベツという開拓者の村がある。勇太(ユタ)と才三、光介と信次をはじめとする村の若者たちは、この森を伐採し農地を拡大する計画を進めてきた。

「農地が広がれば、村が豊かになる」彼らはそう信じていた。

ようやくその計画がまとまった頃、勇太とかやの結婚式が行われた。かやは仲間の光介の姉。才三の嫁ミクリは勇太の妹。つまり彼らは家族も同然だった。

ユタはかやとの結婚式の夜、親友の才三、姪で口がきけないスカンポと共にピエベツの森を訪れた。そこで不思議な生き物と遭遇した。

体長15センチくらいの小さな人間。

アイヌの先住民たちはかれらを“ニングル”と呼んだ。アイヌの言葉で“ニン”は“小さい”、“グル”は“人”という意味である。口の聞けないスカンポだけがニングルの言葉を理解できた。
その時、ニングルの長は、彼らにこう告げたのだ。
「森を伐るな、伐ったら村は滅びる――」
ユタと才三はピエベツの森の伐採を計画し、農地開発を推進してき中心人物である。いまさら後戻りできないとユタはニングルに逢ったこともないと主張した。一方で才三はニングルの言葉に衝撃を受ける。たびたびスカンポと共に森を訪れ、ニングルの言葉に耳を傾け始めた。そして、森を守らなければ村の将来はないと考え、それまでの意見を翻して農地開発の反対を訴え始める。
伐採を拒否する才三と農地開発を推進するユタ。二人は完全に対立してしまう。

民吉は息子のユタの行動を案じている。時折、亡くなったかつらに向かって問いかける。
「なぁ、かつら、教えてくれ、豊ってなんなんじゃ」
かつらは民吉の長女で、スカンポの母である。
ある時、民吉はスカンポに「生命の木」の話を聞かせる。
「子供が生まれるとその子の木を植えた 親は子に教えたもンさ
“これがお前の木だ、大事に育てろ この木が枯れるときはお前が死ぬときだ”」
かつらは、二人を空から見守っている。そして、こう歌う。
「もしも、木の実を握っている子が生まれたらそれが希望」だ、と。

開発に反対し、森の伐採には協力しない才三は孤立を深める。仲間の光介や信二ですら、才三をかばうことはなかった。

伐採が始まり2年が経った。村は、ニングルが予言した通り、破滅に向かいはじめた。
大洪水が起こり作物は流され、村の人々の借金ばかりが膨らんでいった。

光介は亡父の仏前で自らの過ちを告白する。実は光介もニングルに逢っていたのだ。しかし、そのことをみんなには云えず、才三を孤立させてしまった。その上、借金が膨らみ夜も眠れない。泣きながら告白する光介に亡き父が憑依する。
「貧しくても幸せだったあの頃に、もう一度戻れ」。
心を病んだ光介は精神病院に運び込まれてしまう。

大洪水の後は渇水だった。かつて森に囲まれたピエベツは水が潤沢あった。その大切な水が、森の伐採により枯れてしまったのである。

村の人々は井戸掘り屋を雇うが、水はなかなか出ない。
才三はスカンポと共にニングルの教えてくれたやり方で水の出る場所を探しあてた。しかし、そのことが原因となって、才三とユタは口論となる。激高したユタは才三を激しく殴りつけ、チェーンソウを押し付け、云う。
「才三、山へ行って木を伐ってこい。お前の女房を泣かせるな」
一人山へ行った才三は、自ら伐った木の下敷きになって命を絶ってしまう――。

第二幕

才三の死によってユタは自責の念にかられる。同時に自分の生活も追いつめられていく。借金を返せなくなり、家も土地も捨てて出て行けと村の人から迫られたのだ。そんな中、妻のかやが子どもを身籠った。
「自分はどうしたらいいのか――」絶望し無口になっていくユタ。

精神病から退院した光介と信二は、才三とスカンポが探しあてた場所で、井戸を掘り始める。来る日も来る日も、周りが呆れるほど、ひたすら掘り続けた。硬い岩盤から水が出るはずもないと陰口もたたかれた。

ところが、ある日。その場所から、遂に水が出たのだ!
「何もかも才三の云った通りになった」
ユタは才三が亡くなった森を彷徨う。そこで、再びニングルの長に遭遇する。
ニングルの長は才三にこう告げる。
「未来につなげ。ゆっくり時間をかけて、森を昔に返せ」
「お前の親父の民吉も自らの『生命の木』を伐って、未来につなごうとしている」。
その言葉通り、自分の「命の木」を伐り死を選んだ民吉もまたニングルが憑依したように才三にこう語りかける。
「その水は誰がくれたか判りますか?その水は森が何千年もかかって貯えた水。
昔に、昔に返せ、森を。昔に返せ、ピエベツを」

民吉の死と引き換えにスカンポは声を取り戻した。

ようやくニングルの言葉に耳を傾けたユタは一人黙々と朽ち木を森に運びはじめた。長く地道な作業をひたすら繰り返すユタ。
ある日、スカンポが大慌てで、ユタをのもとにやってきて叫ぶ。
「ユタおじちゃん、赤ちゃんが生まれたよ、その子、手にドングリを握ってた!」

未来への希望の種が生まれたのだ。

(吉田雄生)