アーティスト インタビュー

佐藤 亜希子

初の『ドン・ジョヴァンニ』に見出す、ドンナ・エルヴィーラの魅力とは。

Vol.23

『ドン・ジョヴァンニ』への出演も、「ドンナ・エルヴィーラ」役も初めてではあるが、モーツァルトの空気感を表現できるよう自分を高めていきたい。ドンナ・エルヴィーラの古風さや、ドン・ジョヴァンニとも通じる部分のある意志の強さは、音楽にも表われている。3人の女性の個性の違いや、ドン・ジョヴァンニが生き方をつらぬく“地獄落ち”のシーンを楽しんでほしい。オフの素顔は、海と音楽と“曖昧”を愛する茅ヶ崎っ子。

今最も旬なアーティストのリアルな声や、話題の公演に関する臨場感あるエピソードなど、オペラがもっと楽しめること請け合いの情報をお届けするコーナー「CiaOpera!」。第23弾は、『ドン・ジョヴァンニ』に、2018年6月30日に東京、7月7日に横須賀でドンナ・エルヴィーラ役として出演する佐藤亜希子氏。モーツァルトの音楽や役への思い、マエストロ・サッバティーニ氏や岩田達宗氏、共演者、オフの過ごし方などについて伺いました。

モーツァルトの音楽が、「ドンナ・エルヴィーラ」を語っている。

ー本日は、藤原歌劇団本公演『ドン・ジョヴァンニ』で、6月30日・7月7日に佐藤亜希子さんが演じられるドンナ・エルヴィーラ役についてお話を伺いたいと思います。まずは、意気込みからお聞かせいただけますか?

はい。私は『ドン・ジョヴァンニ』に出演すること、そしてこのドンナ・エルヴィーラ役を演じることが初めてなのです。今回は、もう1月からマエストロ・サッバティーニのディクション(発音)稽古が始まっておりまして。普段、海外からマエストロがお越しになる場合でも、本番直前に来日してバーッと仕上げるので、今回のように一から細かく、マエストロに直接教えていただけるのはすごく贅沢だなと思います。これだけみなさんの力を集結させてやっていることなので、すごく責任も感じますし、またモーツァルトを歌うのは歌い手にとってすごく難しいのですが、それを難しく見せずに、モーツァルトのあの空気感を表現できるような技術が歌い手にないと、いくらサッバティーニさんが振ってくださっても、良い公演にならないので、そういった意味で、自分もレベルアップしたいという気持ちでいます。

ーありがとうございます。確かにモーツァルトは難しいと、よく耳にします。どういったところが難しいと思われますか?

私が演じる「ドンナ・エルヴィーラ」という役でいうと、この人はすごく“女の情念”のようなものがある、熱く強い女性だと思うのですけれど、モーツァルトの「様式感」の中でそれを表現するということが私にとっては難しいのです。モーツァルトの音楽って、沢山の真珠が一気に転がっていくようなイメージがあって。それがずれてしまうと美しくないと思うのです。感情の表現も含めて、きちんとした技術が必要なのだと思います。

ーなるほど、とてもレベルの高い技術が求められるのですね。今回のドンナ・エルヴィーラ役について、今ご自身で思い描いている人物像はありますか?

はい、細かい点は立ち稽古のなかで岩田さんと相談して役づくりをしていくと思いますが、サッバティーニさんは音楽のなかに人物像が見えてくるということを、よく言ってくださるんです。そうやって見ていくと、エルヴィーラの音楽は古めかしいというか、時代にそぐわないようなところと、愛情深い女の情熱、意思の強さに溢れていますが、音楽の中に彼女の性格が描写されていると思います。エルヴィーラ自身はすごく情熱的なのですが、あれだけ痛い目にあって、恥をかかされてもドン・ジョヴァンニを愛し貫くというのは、なかなかできないことで。ドン・ジョヴァンニも地獄に落ちてまでも、最後まで生き方を変えなかったじゃないですか。普通のただのプレイボーイだったら、たとえ遊んでいても死ぬか生きるかとなったら「わかりました、やめます」と言うと思うんですけど、そこまでしても自分の生き方を変えない人はいないかも。軽蔑されると同時に、みんなが憧れるところだと思うんです。

ーそれだけの意志というのは、なかなか持てるものではないですよね。

生き方を貫ける人って、今の世の中でもなかなか、いそうでいない。みんないろんなことでバランスをとって生きている。そういった意味では絶対に自分の信念を曲げないエルヴィーラも、似ているところがあると思います。ドンナ・エルヴィーラとドン・ジョヴァンニは、片方は厳格で片方は自由奔放に見えますが、お互いに似た部分のある、唯一無二の存在なのかなと思えます。

ー一度結婚した相手を愛しぬき一生添い遂げるというような、ある意味揺るぎない、そして古風な考え方が、ドンナ・エルヴィーラの音楽に表れているのですね。

見どころは、鳥肌ものの“地獄落ち”や、三者三様の女性たち。

ーテノール歌手としてのキャリアもあるサッバティーニ氏ですが、マエストロ・サッバティーニとのお仕事は、今回が初めてですか?

初めてです。トップテノールとして歌っていらした時には「なんてきれいなピアニッシモ~」と思い憧れていました。その方とこうして一緒にお仕事できるなんて。せっかくなのでいろいろとスポンジのように吸収したいと思っています。

サバッティーニ氏はテノールでありながら、地獄落ちのシーンで騎士長(バス)のパートまでをも歌ってみせてくださるんですよ。稽古のなかで一番歌われているんじゃないかというぐらい、フルで歌ってくださり、体がビンビンと鳴っていて、それを耳で感じるだけでも「あぁ、なんか伝わる!」と。それが一番の贅沢です。作品の音楽全部を自分の頭のなかで組み立てていらして、作品のすべてを伝えたいという熱い思いがすごく伝わってきます。

ーコントラバス奏者でもあり、歌い手でもいらしたサッバティーニ氏がつくりあげる音楽、楽しみです!演出の岩田達宗さんとは、以前もお仕事をご一緒していますか?

岩田さんは、『ラ・トラヴィアータ』のときにご一緒しました。人物の内面、心にある影や強さを引き出して下さり、パワフルな方なのでいつも現場が明るくなります。

2013年 藤原歌劇団「ラ・トラヴィアータ」ヴィオレッタ役

ー岩田さんのお考えと佐藤さんからうかがった人物像の融合が、どのようになるか楽しみですね。そのほか、ご共演のみなさんは、何度かご一緒していらっしゃいますか?

ドン・オッターヴィオ役の小山陽二郎さんは、私の藤原歌劇団デビュー公演『イル・カンピエッロ』『カルメル会修道女の対話』でご一緒させていただきました。それからゼルリーナ役の清水理恵さんは、『ファルスタッフ』のときに親子役でした。藤原歌劇団はみんな仲が良いので、稽古の最中もお互い迷っていることや見ていてここが気になるというようなことを話しあったり、先輩たちからもいろいろ教えてもらえたりします。最初の頃、稽古が自分のなかで消化できなくて、よく泣いたりしていましたけど、そんなとき先輩たちがいろいろアドバイスしてくださいました。すごく和気あいあいとして、みんなでひとつの作品を作りあげる雰囲気が、藤原歌劇団の良いところだと思います。

2004年 藤原歌劇団「イル・カンピエッロ」ルシエータ役  左から小山陽二郎、石川誠二、佐藤亜希子、山崎知子、髙田恭代

ー佐藤さんが思う、『ドン・ジョヴァンニ』の見どころはどちらでしょうか?

自分が出ていないシーンなんですけど(笑)、私が一番ゾクゾクっとするのは “地獄落ち”のシーンです。あそこに「ドン・ジョヴァンニ」という人物の魅力と、音楽の魅力が集約されているような気がして。あとは、女性が3人登場するのですが、私が演じるドンナ・エルヴィーラと、ドンナ・アンナと、ゼルリーナの3人がそれぞれまったく違ったキャラクターなので、音楽を聴き比べていただくのも面白いと思います。それから、モーツァルトの音楽自体が、まるで晴れた日に風に揺れている木の葉の影が地面にチラチラと写っているかのように、悲劇なのか、喜劇なのか、クルクルと変わっていくところが素晴らしいと思います。

ー地獄落ちのシーン、3人の女性、そしてモーツァルトの音楽ですね。注目してみるようにします。

他の役って、この物語のあともそれぞれの世界で十分にやっていけると思うんです。ゼルリーナにしてもマゼットと幸せにやっていくだろうし、ドンナ・アンナもおそらくドン・オッターヴィオと結婚する。ドン・ジョヴァンニの従者のレポレッロも、また新しいご主人様を見つけて生きていくと思うんです。でも、ドンナ・エルヴィーラは自分の生き方を変えられず、修道院に行くしか道がない。サッバティーニさんは、「たぶんエルヴィーラのお腹にはドン・ジョヴァンニの子供がいる」ともおっしゃっていますが、とにかくエルヴィーラだけが寂しいままです。けれど、それも背負って生きる強さを持った女性なのだと思うのです。古めかしさのなかに強さと情念と愛を感じる面白い役だなと思うので、これからの稽古が楽しみでもあり、恐ろしくもあります(笑)。

茅ヶ崎育ち。曖昧さがくれる安心と、頑張りすぎずに続く、今。

ー佐藤さんは、稽古や本番の合間、オフのときはどんな風に過ごされているのですか?

本当に疲れきってしまっているときは、一歩も家から出ず、朝起きたまま夜までパジャマでいるような状態になってしまうときもあるのですが(笑)。外に出る体力があるときは、散歩をするのが好きです。私は茅ヶ崎の、歩いて海岸まで行けるようなところに住んでいるので、よく浜辺を散歩します。特に夕日を見るのが好きなので、日が西に沈むとき、海と空の境目がピンクやグレーの曖昧な色になるのを楽しみます。何事も、白黒つけるというよりは曖昧なほうが好きなんです(笑)。その夕焼け空の色を見ているとなんとなくホッとしたり、それから海の水も、形がなくチャポチャポしていて、それがキラキラ光ったりしているのを見るのが好きです。

地元・湘南の海

ーロマンティックですね!茅ヶ崎には、ずっと住んでいらっしゃるのですか?

はい、子供の頃から住んでいます。茅ヶ崎生まれ、茅ヶ崎育ちです。で、魚座なので、水を見ると安心するんです(笑)。

ーそうなのですね!茅ヶ崎で生まれ育ち、歌い手も昔から思い描いていらしたのですか?

いや、それが全然、大学を出たときも歌を続けるつもりもなくて。だからなんだか不思議ですよね、今続けているのも。

ー意外ですね!何か続けようと思われたきっかけはあったのですか?

それが、大きなきっかけひとつもないのがまた不思議なところで。あんまり頑張る性格ではないのですが、好きなものへは執着するんですよね。小さいときから家のなかにクラシックがあって私も好きで、とくにチャイコフスキーのバレエを見るのが好きでした。舞台に乗っている、きれいなものが好きではあったのですが、特にオペラが好きだったというわけではなかったですし…まさかオペラ歌手になるとは、その頃は思っていなかったです。でも、歌うことは好きだったので、藤原歌劇団の研究所に入れていただいていろいろな方と出会っていくうちに、少しずつ専門的な勉強を無理なくできて。音楽そのものを楽しもうという気持ちでいました。それが良かったのかなと思います。私の師匠も私の性格を知ってか、「頑張れ!頑張れ!」と言わずに、うまく調教してくださったので今まで続けてこられたのかなと思います。

ーなるほど。歌の勉強自体はされていたのですか?

はい、高校、大学と声楽科にはいたのですが、成績は真ん中以下で、卒業演奏会にも出られず(笑)。でも、だから、今学生の方で、もし学校でいい点数をとれていなくても、それがすべてじゃない。こうして続けている人もいるんだよと伝えたいです。

ーすごく励まされると思います。日常のお話に戻りますが、お散歩のほかに何かご趣味はありますか?

趣味というほどのものはあまりないのですが、昔からクラシック以外の音楽も好きで。ジャズも聴くし、歌謡曲とかも大好きだったので、歌番組を録画して観ていました。家の近所に桑田佳祐さんの実家があって、サザン・オールスターズの大ファンでもあります。

ー今でも、よく違うジャンルの音楽を聴きますか?

そうですね、そのほうが気分転換もできるので。学生のときから違うジャンルのライブやコンサートにもよく行きましたし、ビリー・ジョエルが来日するとチケット買って飛んでいったりしていました(笑)。

お気に入りのCD

ーそうなのですね!旅行には行かれますか?

両親が旅行好きだったこともあって、1週間や2週間まとめて休みをとってどこかに行くのが恒例だったんですけど、私自身、家にいるのが結構好きなこともあって、ある程度の年齢になったら「家で留守番させてください」と言って家にいました。今は旅行にも行きますが、でもひとりで行くのが好きで。買い物するのでも、散歩するのでも、自分のペースでやりたいので、海外にも絶対ひとりで行くんです。自分で起きたい時間に起きて、買いたいときに買い物をして、行きたい場所にひとりで行く。あんまり計画を立てないで動くんです。それも“曖昧”な感じですね(笑)。それが、私には合っているのだと思います。

聞いてみタイム♪ 前回お話をうかがった柴山昌宣さんから佐藤亜希子さんへ、質問がふたつ届いています。

ー本番前日や、当日の過ごし方。ルーティーンワークとして必ずやることはありますか?

ー舞台に出るときのおまじない、または願掛けしていることはありますか?

私は、本番の前日は必ずお肉を食べます!分厚いステーキか、焼肉か、そういったものを食べると元気になる、それこそおまじないのような気がしています。

ーお肉ですか!やっぱり違いますか?

と、思います。「肉食女子」じゃないですけど、戦いに行く前みたいに自分にエネルギーを貯めて、それから当日の朝もお肉を食べて出かけます。

ー当日の朝もですか!パワーが出そうですね!過ごし方は、どんな風にされていますか?

前の日はとにかくじーっとして、身体と声を休めて、お肉を食べて。当日の朝もお肉を食べ、そして気持ちを集中したいので、日常的なことは何もしないんです。たとえその日がゴミの日だったとしても、絶対ゴミは出さない、とか(笑)。家にいるときからオペラの世界に入れるように気持ちをつくりたくて、お皿を洗ったりも絶対しない!と思っているんです(笑)。あとは、現場に行けばスタッフの方が面倒をみてくださるので、その指示どおりに動いて自分のできることをする。いつも決まったサイクルなんです。

ーそういう1日のつくり方というのもあるのですね!もうひとつの質問の、舞台に出るときのおまじないや願掛けはいかがですか?

前に、指揮者の小澤征爾さんが、木でできているものを3回叩くと本番がうまくいくとおっしゃっていたのを聞いたことがあって。それで私も、いつもやるわけではないんですがパッと思い出すときがあって、袖にある木でできたものを、みんなに気づかれないようにこっそりトントントン、と3回叩いてみたりしています、たまに(笑)。でも、「絶対にやらないと!」と思っているようなことはないですね。あとは稽古場でやったことをそのままやればいい、と思っていて。緊張せず、舞台に出たら音楽に身を任せて、自分にできることを精一杯やろうと思っています。

ー緊張されないのですか?

いや、緊張しているとは思うんですが、わりと興奮しやすいタイプなので、あえて冷静でいたいなと。前に、歌舞伎俳優の坂東玉三郎さんが、「自分が高ぶり気持ちよくなって演じるのではなく、実際は着物の裾さばきのことなどしか考えていない」みたいなことをおっしゃっていて。あんなに情感豊かに、気持ちで演じられているように見えて、技術的なこととか裾さばきのことを冷静に考えているんだなぁと感じ、「案外そういうことかもなぁ」と。冷静な自分をつくるように心がけていますね。

ー深いですね。他の舞台人の方の言葉を参考にされていることが多いのですね。

単純なので尊敬する方の言葉は、わりとスッと入ってきます(笑)。

ー分かる気がします。お話、ありがとうございました。

取材・まとめ 眞木 茜

佐藤 亜希子

ソプラノ/Soprano

藤原歌劇団 正団員

出身:神奈川県

洗足学園音楽大学卒業、同大学専攻科終了。日本オペラ振興会オペラ歌手育成部第14期生修了。2006年度文化庁新進芸術家海外留学制度研修員として渡伊。第3回ジュリオ・ネッリ国際声楽コンクール入賞。
藤原歌劇団には、04年「イル・カンピエッロ」のルシエータでデビュー後、「アドリアーナ・ルクヴルール」ジュヴノ、「カルメル会修道女の対話」ブランシュ、「ファルスタッフ」にアリーチェなどに主演。13年「ラ・トラヴィアータ」ヴィオレッタ役に抜擢され絶賛された。同役は15年4月公演でも好演している。
これまでに「マリア・ストゥアルダ」「ルクレツィア・ボルジア」「異国の女」などのタイトルロールの他、「アイーダ」「イル・トロヴァトーレ」「カルメン」「ラ・ボエーム」などにも出演。海外では09年イタリア・キエーティのマッルチーノ劇場にてローマ歌劇場の共同制作「トゥーランドット」のリューでイタリアデビューを果たし、大成功を収めた。
その他、日本フィルハーモニー交響楽団、熊川哲也Kバレエカンパニー公演「第九」、群馬交響楽団「ヨハネ受難曲」など各種コンサートでも幅広く活躍している。役に対する真摯な姿勢と舞台栄えする容姿で活躍を続けている。
藤原歌劇団団員。洗足学園音楽大学非常勤講師。神奈川県出身。

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