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  7. Vol.24-村上敏明 2

CiaOpera!

大歌手と共に歌った、忘れ得ぬ舞台。その記憶が、曲に込められている。

『道化師』といえば、話は少しそれますが、思い出があります。先ほどお話した2007年のクピードさんとの共演は池袋の東京芸術劇場で、セミステージ(オーケストラが舞台上で簡素な舞台セットで上演される)の演出だったのですが、そのときのクピードさんが素晴らしかったのです。クピードさんは基本的に暗い感じの音色を使わない人で、明るい声でパーンと歌うのです。でも、『道化師』のカニオのアリアは深い悲しさを表現する曲ですが、あの明るい声でこのうえない悲しさを表現するという、とにかく素晴らしい歌唱でした。

—想像できます!

そのとき、「コメディア・デッラルテ」というヴェネツィアの伝統的な仮面喜劇の専門家の方が演出をしてくださっていて、これまた素晴らしい演出でしたが、唯一、一箇所だけ気になる部分がありました。その悲しみのアリア「衣装をつけろ」を歌い終わったあとに、ペッペだった僕と、牧野正人さんのトニオと、山崎ミナタスカさんのネッダと、あとコメディア・デッラルテの役者さんがふたりで、アリアの後奏中に出て行って「親方、さぁ行こうよ」みたいにしてみんなで夕日を眺める、みたいな演出で。でも、「衣装をつけろ」って、何百とあるテノールのオペラアリアのなかで唯一といっていいぐらい、ひとり舞台で後奏の間ずっと拍手を一身に浴びる場面なんです。だいたいは物語の途中とか、最後に死ぬ場面とかにアリアがあることが多いので。「これはでも、言いにくいな、出すぎた真似かもしれない」とも思ったのですが、通し稽古のあと、みなさんもいるなかで演出家にそのことを伝えたんです。「なるほど、わかりました。ちょっと宿題にさせてくださいね」と言ってくださって。クピードさんも、「さっきはありがとう。僕もちょっと考えておくよ。」とおっしゃって。翌日のゲネプロ前にクピードさんが僕のところへもう一度きて、「やっぱりあそこはひとりで歌うことにするよ」といって、本番でもひとりで歌い、大喝采だったのです。すると、本番のあとクピードさんの奥様が僕の楽屋へ「村上くん、ありがとうね!うちの人はやさしいから、ああいうこと思っていても言えないのよ!本当に助かったわ。」と言いにきてくださったんです。だから、すごく思い出に残っている曲なんです。「衣装をつけろ」は僕にとって究極中の究極の1曲かもしれません。

村上敏明

2016年 藤原歌劇団公演「トスカ」カヴァラドッシ役

—それは、思い出深いでしょうね!情景がありありと浮かぶようです。

2000年のN.マルティヌッチさんにも思い出があるんですよ。マルティヌッチさんはそのとき『カヴァレリア・ルスティカーナ』のトゥリッドゥと『道化師』のカニオと、両方ひとりで歌っていたのですが、僕はマルティヌッチさんの歌をイタリアでもどこでも相当聴いているのですが、2000年のその東京公演がベストパフォーマンスで。なか二日くらい間の空いた2日間公演だったと思うのですが、初日からすごく声の調子のよかったマルティヌッチさんは、休みのあいだに秋葉原で当時最新のデジタルビデオカメラを買ってきて。2日目の本番直前、マルティヌッチさんが楽屋の中から「ちょっと来てくれ」と僕を呼んで「君は『カヴァレリア〜』は歌わないよな?」って聞くんです。「はい、『カヴァレリア〜』は歌わないです。」と答えたら、「あのな、ここがスタートボタンでな、これが録画ボタンでな…」って、説明を始めて(笑)。そこにちょうど当時のマネージャーさんが通りかかったので「助けてください!」とお願いして、全部撮っていただいて。マルティヌッチさん、自分でもとにかく調子が良すぎるのを分かっていて、映像に残したかったのですよね(笑)。そのあと今度『道化師』になったら僕は歌うので、マネージャーさんも「申し訳ないのですが、僕は村上さんのマネージャーとして来ているので、ここからは彼のところへ付いていなければなりません」と伝えたら、マルティヌッチさん、「困ったな…」みたいな感じになってしまい。するとそこへ「カヴァレリア~」の主役を歌い終えたばかりの某バリトンの方が通りかかって、マルティヌッチさんがまた「ちょっと来てくれ」と(笑)。その方はとても良い方で「わかりました、僕撮ります!」といって、『道化師』は彼が撮ったんですよ(笑)!

—ある意味で、よりいっそう伝説的な映像となりましたね(笑)

それぐらい調子がよかったんですよね。でも本当にいいプロダクションで、僕も一応アリアのある役を歌わせてもらって、20代そこそこでしたけど忘れられない公演です。今回の「デビュー20周年」というのは、日本オペラ振興会のオペラ歌手育成部を修了して、プロフェッショナルなオペラ歌手になってから、ということなんですが、イタリアに行く前に、そうして世界的な大スターといわれる方々と、端っこのほうとはいえ一緒に歌わせていただいたので、それは素晴らしい経験でしたね。

—そういう意味でも、思い出も、思い入れも深い曲ばかりなのですね。

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