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  7. Vol.37-山本康寛 2

CiaOpera!

すべてがスーパーな日本オペラで、お客様に瞬時に、ダイレクトに伝わる表現を。

—この《紅天女》、音楽的にはどのような特徴があるでしょうか?

音楽は、きっと皆さんに届きやすい、聴きやすいものになっていると思います。でも、“声で聴かせる”というオペラとしての楽しみも備わっていて、僕自身とても面白い作品だなと楽しんでいます。もちろん届きやすいとはいっても、演技でも音楽でも見せ方に工夫は必要なのでしょうが、そのあたりは演出家の馬場紀雄さんとのディスカッションだったり、人間国宝でもいらっしゃる能の梅若実玄祥さんの振付であったり、そういったことを重ねてつくりあげていければと思います。馬場さんとは今回初めてお仕事をご一緒するのですが、前回の『静と義経』を拝見して、心から「あぁ、きれいだな!」と感じました。今回、どういう切り口で演出してくださるかがとても楽しみです。

山本康寛氏

—馬場さんの美しい演出と、梅若実さんの振付。見応えたっぷりの舞台になりそうですね。作品の見どころや聴きどころは、どんなところでしょうか?記者会見で披露された、一真のアリアもありますよね。

はい。あのアリアはまさに物語の転換点です。シーンとしては、一真が記憶を無くしているのですが、人と人が争う惨劇を見ることをきっかけに、千年の梅の木で天女像をつくり世界を平和にする天命を思い出すのです。梅の木=阿古夜と知り、禁足地に向かう山場の場面なのでとてもいいシーンにアリアがあるなと思っています。紅天女の場面も壮大です。そもそも彼女が梅の精であり、風とも話し、土とも対話し、というような広い世界観を背負った女性だからなのでしょうが、音楽もそれを表現していると思います。あとはやっぱり、この《紅天女》という作品がオペラになった、ということ自体がそもそも見どころといえると思います。

—確かに、それはそうですね!オペラ的でありながら聴きやすい音楽で、 それぞれの登場人物が投影されたアリアを楽しめるという。

はい。ちなみに先ほどお話しした僕のアリアから後が、原作に描かれておらず、ファンの方が「どうなるんだろう?」と気になっている場面になります。なので、ちょっと詳細は話せませんね(笑)。

—それは、ぜひ見てのお楽しみですね!ところで、先ほど演出の馬場紀雄さんと今回初めてご一緒されるというお話もしていただきましたが、共演者の方々はいかがでしょう?みなさん、初めてご一緒されますか?

ご一緒したことがあるのは長老役の三浦克次さんと、こだま役の飯島幸子さんぐらいで、あとのみなさんは初めましてです。お会いしたことのある方もいらっしゃいますが、オペラの舞台で共演するのは初めてですね。

—そうなのですか!

今回、「すべて垣根なく公募」という形でキャスティングされていて、普段所属している団体やジャンルに関わらず、オーディションを受けられた方々なのです。これは、日本オペラ協会としても初の試みということで、その点でも今回は“スーパーオペラ”といえると思います。

—なるほど!コミックが原作の作品をオペラ化すること、お客様の気になる全貌が描かれること、垣根なく広く公募されたキャストであることなど、新しい試みがたくさん詰まっている。それが“スーパーオペラ”たるゆえんなのですね。一方、指揮者の園田隆一郎さんとは、先ほどもよくご一緒されているとおっしゃっていましたね。

はい。僕は大学院を卒業したあと、最初は滋賀県のびわ湖ホールに所属したのですが、「青少年オペラ劇場」という企画で、日本語上演の『魔笛』のときに初めて園田さんとご一緒しました。でも、そのときはもちろんご挨拶はしたのですが、その後あるとき、僕が練習室でロッシーニのオペラアリアを練習していたら、部屋に園田さんが入っていらして「それ、『セミラーミデ』のアリアだよね」とおっしゃったのが、僕としては衝撃的な園田さんとの“出会い”でした。僕はロッシーニが好きでよく歌っているのですが、残念ながらあまり知られていない作品が多く、それまではレッスンに持っていっても大抵「へぇ、初めて聴くけどいい曲だね!」といわれていたので、園田さんは僕にとって貴重な“ロッシーニ仲間”と思っています。

—ロッシーニがつないだ園田さんとのご縁だったのですね!それにしても、山本さんは今回日本オペラ協会の作品に出演されるのが初めてと伺いました。日本の作品と、これまで多く歌われてきたヨーロッパの作品で何か違いを感じますか?

山本康寛氏

ひとつは、ちょっと難しい話になってしまうかもしれませんが、「韻律」があると思います。平たくいうと、言葉の長さやイントネーションなど。日本語は、もちろん西洋とは違う音感の言葉で、それが音楽にも表れている気がします。「五七五」のように、音符も五連譜や七連譜が多く登場する印象です。あと日本語って、1音減らすだけでかなり情報量が変わってしまうなとも思います。同じ言葉でも音を伸ばすか縮めるかで意味が変わってくるし、さらに敬語や方言になる場合もある。日本語で歌っているはずなのに日本語に聞こえなくなってしまう恐れもあり、いろいろと工夫が必要な点が難しいと感じます。けれど、自分の母国語で音楽を伝えるということはとても意義のあることだと思いますし、絶対に続けていかなければいけないなと。そして、日本語に聞こえるように歌うということは僕たちの仕事でもあるので、もちろん多くの場合、字幕も付いていますがお客様が字幕を見なくても歌詞を聞き取ることができ、僕の表情やしぐさから目を離させず、物語に引き込めるように歌いたいです。

—なるほど、まずはやはり言葉と音の関係性に違いを感じ、意識して取り組まれているのですね。

でも、言葉を伝えるっていうことはどの音楽でも大切で、その点では日本の作品だから、西洋の作品だから、という違いはないように思います。どの言語でも、その歌詞を自分でもきちんと理解してお客様に届くように歌いたいですし、その歌を聴いた瞬間に、できるだけタイムラグがなく、お客様の目や耳や心にこちらの表現が伝わるということが大事だと思っています。

—まさに『ガラスの仮面』のなかに登場しそうな言葉ですね!

そうかもしれません(笑)。

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