作品について

ヴェルディ作曲
オペラ全2幕 字幕付き原語(イタリア語)上演

太鼓腹の老騎士に学ぶ "人生哲学"

「ウインザーの陽気な女房たち」が男性社会に物申す!?
オペラの巨匠ヴェルディの終着点は、シェイクスピア原作の極上喜劇だった

INTRODUCTION

藤原歌劇団創立90周年記念公演ラストを飾る演目は、悲劇作品でオペラ界を席巻した作曲家ヴェルディが、人生最後の作品として残した極上“喜劇”「ファルスタッフ」です。強欲で酒好きの老騎士ファルスタッフが、花を抱えて女性を口説き、川に落とされ、牡鹿の角を付け怯える姿は、なんとも滑稽で、しかしどこか憎めない愛されキャラ。そんなファルスタッフをめぐり女性陣が大活躍するのもこのオペラの魅力の一つです。今回表題役を担うのは、藤原歌劇団が誇るヴェルディバリトン上江隼人(2/1)と、喜劇作品を大の得意とする押川浩士(2/2)です。裕福な紳士で嫉妬深いフォードには、岡昭宏(2/1)と森口賢ニ(2/2)、ナンネッタの恋人フェントンには、中井亮一(2/1)と清水徹太郎(2/2)、フォードの妻アリーチェには、山口佳子(2/1)と石上朋美(2/2)を配しました。その他個性的なキャラクターたちを演じるのは藤原歌劇団の錚々たる面々。人生哲学満載の快活なストーリーと、オペラを極めたヴェルディの最上の音楽。全身が喜ぶ極上の体験をぜひ劇場で!

見どころ・聴きどころ

最晩年のヴェルディが、「軽い題材でオペラを作ってみたい」と年若い友ボーイトに告げたところ、ボーイトは秘密裡に、太っちょ老騎士を主人公とする - シェイクスピアの喜劇『ウィンザーの陽気な女房たち』と『ヘンリー4世』に出てくる人物 - 台本を書き上げ、それを受け取ったヴェルディも喜んだ。結果、原作に比べてシンプルな筋立てになり、登場人物の数も半分に減った極上のオペラ・ブッファ《ファルスタッフ》が誕生。1893年ミラノ・スカラ座での世界初演は大成功を収めた。

本作では、矢のように飛び交う言葉の応酬が、軽妙なリズムのもとでスムーズに運んでドラマの軽やかさを際立たせ、声の性格表現も、様々な声種を用いて追究。その一方で、第2幕のフォードの独白や、第3幕の恋人たちの2つのアリアは、「纏まった聴かせどころ」として明確に打ち出し、主人公の小アリア〈わしが小姓であったころ〉のような、「口ずさみやすい名旋律」も盛り込むなど、客席の耳に残るメロディを幾つも提供した。

なお、本作は、ヴェルディとしては実に、50数年ぶりの喜劇となったが、この作品で彼は、積年の思いを幾つも結晶させたようである。まずは、大先輩ロッシーニから言われたという「貴男は悲劇の方が向いている」を本作の成功で覆したこと。続いては、独人ニコライの嫌な思い出を - ニコライは自分が蹴った《ナブッコ》の台本で大成功したヴェルディを妬んだ - 払拭したこと。ヴェルディは、仇敵の代表作《ウィンザーの陽気な女房たち》を遥かに上回る成功を同じ題材の《ファルスタッフ》で収めて一矢報いたのである。そして最後に、本作の幕切れを見事なフーガで飾ったこと。かつて、ミラノの音楽院の受験時に「対位法が弱い」として不合格を喰らった自分が、自己研鑽を重ねた結果、「当代一の対位法の使い手」になったものと、彼は自ら世に知らしめた。

あらすじ

第1幕

ヘンリー四世が治めるイングランド王国のウィンザー。

〔第1場:宿屋ガーター亭にて〕

太っちょの老騎士ファルスタッフ(Br)と、使用人のバルドルフォ(T)、ピストーラ(B)の前に医師カイウス(T)が現れ「お前の使用人2人は泥棒だ!」と老騎士に詰め寄るが、あっさりと追い返される。宿屋の主人(黙役)が請求書を出すと、ファルスタッフは「金がないから市民層の金持ちの細君を誘惑してやれ」と計画。バルドルフォにはフォード夫人アリーチェ(S)へのラヴレターを言付け、ピストーラには別の男の妻メグ(Ms)に宛てた手紙を渡す。使用人たちは「恋文を取り持つなど、沽券にかかわる!」と拒む。ファルスタッフは怒り、二人を追いかける。

〔第2場:フォード邸の庭〕

アリーチェとメグは手紙をそれぞれ受け取るが、たまたま「文面が全く同じ」と知り、「これは許せないわ」と言って、友人クイックリー夫人(Ms)とアリーチェの娘ナンネッタ(S)と四人で、「あの太っちょを罰してやる!」と決意。一方、バルドルフォとピストーラは、紳士フォード(Br)に主人の企みを密告する。そこでフォードは変装してファルスタッフのもとを訪れ、彼を出し抜こうとする。一方、ナンネッタには恋人の青年フェントン(T)がいるが、父のフォードは年上のカイウスと娘を結婚させると決め、ナンネッタは嫌がっている。ここで、一同の歌声が二組のアンサンブルになり、悪戯の仕返しを考える女たちと、目論見好き好きに述べる男たちの声が、巧妙に絡み合う。

第2

〔第1場:ガーター亭の一室〕

ファルスタッフのもとに、フォードの命を受けたうたちが舞い戻り、低姿勢で「再びお仕えしたい」と述べる。そこにクイックリーがアリーチェからの使者として登場。二重唱〈ご機嫌よろしゅう〉で大仰な挨拶を繰り返したのち、「アリーチェさんは、午後2時から3時までならお宅で独りですよ」と耳打ちする。ファルスタッフは喜び、ソロ〈行け!老練なるジョンよ!〉と自分に気合を入れていると、変装したフォードがフォンターナという偽名で現れ、「自分はアリーチェさんに恋をしているが、彼女の貞操は堅い」と述べ、「お金を払うので、貴方に彼女の頑なさを解きほぐして貰いたい」と頼む。するとファルスタッフは「実は、今日の2時から彼女と逢引きの予定でしてな」と伝え、着替えすべく別室に向かう。残されたフォードは愕然とし、モノローグ〈夢か現か〉を歌うが、戻った老騎士の前では何とか平静を取り繕い、一緒に宿屋を出てゆく。

〔第2場:フォード邸〕

夫人たちは計画を巡らすが、父親から「カイウスと結婚せよ」と言われるナンネッタは不安に駆られるのみ。でも、「そんなことはさせないわ」と皆で安心させる。

老騎士が到着し、小アリア〈わしが小姓であった頃〉を口ずさみ、アリーチェを口説こうとするが、メグが飛び込んできて「ご主人が帰ってきたわ!」と告げるので、ファルスタッフは大きな洗濯籠の中に隠れる。物陰ではナンネッタとフェントンが抱き合うが、フォードと配下の者は家じゅうを探し回り、結果、物陰に居た恋人たちを見つけてしまう。それでひと騒動になるが、その隙に、女たちは洗濯籠を窓からテムズ川に落とすことに成功。大きな水音に一同は笑い声をあげる。

第3幕

〔第1場:ガーター亭の前〕

ずぶ濡れになったファルスタッフは嘆くが、ワインが体を温め、元気を取り戻す。クイックリー夫人が現れるので、彼は怒りを爆発させるが、夫人に再び言いくるめられて、今度はアリーチェと真夜中に公園で逢引きすると承諾する。一方、フォードは妻を疑ったことを詫び、女たちと共に太っちょの老騎士を罰するべく、「お化け話に絡んだ計画で懲らしめよう」と話す。そこでナンネッタは妖精の女王に変装することになるが、フォードはカイウスに僧侶の衣裳を着せ、どさくさに紛れて二人を結婚させてしまおうと企む。しかし、その言葉を耳にしたクイックリーが、そうはさせまいと急いで場を離れる。

〔第2場:月明りが照らす公園。大きなオークの木の下〕

フェントンが現れ、恋の喜びをアリア〈唇から喜びの歌が〉を歌う。ナンネッタと夫人たちも到着し、フェントンも僧侶の姿に変装させ、フォードの計画を阻むことにする。ナンネッタは妖精の女王の姿でアリア〈夏のそよ風吹く上を〉を歌いながら闇に隠れる。ファルスタッフが現れてアリーチェと言葉を交わすが、変装した人々が彼をこづくので呻き声をあげる。しかし、バルドルフォが自分を叩いていると気づいたファルスタッフは、俄然勢いを取り戻し、怒鳴りちらす。しかし、フォードが自分の正体を明かすので、ファルスタッフは報いを受けたことを悟る。フォードは「この場で結婚式を開く」と宣言し、僧侶姿のカイウスと妖精の女王が入場。すると、仮装した別のカップルが現れ、アリーチェのとりなしで、彼らも式を挙げてもらう。

しかし、蓋を開けてみると、カイウスの相手は女装したバルドルフォ、もう一組はナンネッタとフェントンと分かる。そこでフォードは紳士らしく鷹揚さを見せ、全てを認めるので物語は大団円に。ファルスタッフが音頭を取り、締め括りのフーガ〈世の中みんな冗談だ!〉を全員で歌い上げ、華々しく幕を下ろす。

(岸 純信)

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