作品について
ヴァッカイ作曲「ジュリエッタとロメオ」
全2幕 字幕付き原語(イタリア語)上演
日本初演
なぜこの美しいオペラが
忘れ去られていたのだろう
イントロダクション
藤原歌劇団が、イタリアのヴァッレ・ディトリア音楽祭と提携して開催する〈ベルカントオペラフェスティバル イン ジャパン2020〉。今回採りあげるのは、ニコラ・ヴァッカイ(1790-1848)作曲のオペラ「ジュリエッタとロメオ」(全2幕)です。
イタリアオペラにおけるロメオとジュリエットの悲恋を題材にしたオペラといえば、V.ベッリーニ(1801-35)が1830年に発表した「カプレーティ家とモンテッキ家」が有名です。ところがこの2つのオペラには浅からぬ因縁があります。ヴァッカイが1825年にミラノで大成功を収めたこの「ジュリエッタとロメオ」の台本はフェリーチェ・ロマーニが手がけていますが、ベッリーニのオペラには同じロマーニ自身がこの台本を改作したものが用いられています。
ベッリーニ自身が、このヴァッカイの作品の手直しを手掛けたかと思えば、今度は名歌手マリア・マリブラン(1808-36)が、ベッリーニの「カプレーティ家とモンテッキ家」にロメオ役で出演するのに際して、カプレーティ家の墓所のシーンをロメオ役に充実したアリアがある、このヴァッカイのものに差し替えさせました。その後約7年の間、ヴァッカイのオペラはベッリーニの作品の一部として上演されました。現在は、どちらもオリジナルで上演されています。
今回の主役のふたりは、2018年にヴァッレ・ディトリアで上演された時と同じくレオノール・ボニッジャ(S)とラッファエッラ・ルピナッチ(Ms)。ボニッジャは2019年の第1回ベルカントオペラフェスティバルで来日し、メルカダンテ作曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」でタイトルロールを歌って大絶賛されました。イタリアのメッゾ・ソプラノであるルピナッチは、日本のオペラ公演にはこれが初登場となります。2018年の公演映像でもその美声と恵まれた容姿を生かして、理想的なロメオを演じています。
ジュリエッタの父カペッリオには、韓国出身のテノール、キム・コヌ。2016年P.ドミンゴ主催のオペラリア・コンクールで第1位を獲得したほか、多くの国際コンクールで入賞後、ロンドンのロイヤル・オペラハウス若手養成プログラムを修了。ロイヤル・オペラをはじめとして世界各地の歌劇場にデビューし、高い評価を受けています。2020年の〈インターナショナル・オペラアワード〉で若手歌手部門のファイナリストにも選ばれるなど、今後の活躍が大いに期待されるリリコ・レッジェーロの新星です。
ジュリエッタの母アデーリアに、これが藤原歌劇団デビューとなるフランス在住の齊藤純子、ロメオの恋敵となるテバルドに岡昭宏、医師でありカペッリオの親類でもあるロレンツォに小野寺光らが出演。演出はこのオペラの舞台であるヴェローナ生まれのチェチーリア・リゴーリオ。劇作家、女優でもある気鋭の女流演出家が、エレガントな舞台を創り上げています。指揮は自身作曲家でもあるフランチェスコ・チッルッフォ。管弦楽はテアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラが務めます。
見どころ・聴きどころ
ヴァッカイのオペラの特徴に、まず声楽の教本〈Vaccaj〉でも知られる作曲家ならではの声というものの美しさを知り尽くした数々の重唱が挙げられます。特に第1幕の愛の二重唱「再び会えたのは、あなたなのね」は特筆すべき出来。第2幕でジュリエッタが薬を飲むことを決意するまでのロレンツォとの大二重唱「あそこにはロメオに殺された兄が眠っています」も聴きごたえがあります。
若々しいロメオには登場のカヴァティーナ「ロメオがご子息を殺めたのは」、第2幕終盤の絶望のアリア「ああ、もし眠っているのなら目覚めておくれ」などが与えられ、ジュリエッタには第1幕ではしっとり歌い上げる「騒ぎは治まったようだわ」や第2幕終盤でロメオの亡骸を前に絶唱するドラマティックな「私も一緒に連れて行って」という広い音域を網羅する難しいアリアもあります。アデーリアの第1幕のカヴァティーナ「娘は眠れぬ日々に疲れ果て」、父カペッリオが娘に厳しく当たりすぎたことを後悔するアリア「やめてくれ、放っておいてくれ」など登場人物のそれぞれに、テクニックだけではなく高い表現力を要求するアリアがあり、全体を通して声楽的にとても充実した作品と言えるでしょう。
あらすじ
【第1幕】
ここは12世紀のヴェローナ。カプレーティ家の兵士たちが、カプレーティの長男が、戦いの間に宿敵モンテッキ家の若き当主ロメオに殺されたことを嘆き、怒りを新たにしている。
そこにカプレーティ家の当主、カペッリオが、武将テバルドを連れて現れ、妻のアデーリアに彼と娘のジュリエッタを結婚させること、そしてそれをジュリエッタに承諾させよと妻に高圧的に迫る。ジュリエッタに他に愛する人があるのを知っているアデーリアはためらい、テバルドはもしやジュリエッタには他に好きな男がいるのではないかと感じているが、カペッリオは、娘は自分の決めたことに従って当然、と譲らない。
長くヴェローナを離れていて、敵に顔を知られていないモンテッキ家の若き当主ロメオが、モンテッキ家からの使者のふりで和平案を携えて現れる。ロメオはジュリエッタの恋人。ロメオのことも知っている、カプレーティ家の親類で、医者でもあるロレンツォは、敵の本拠地に乗り込んできたロメオを見て驚く。
ロメオは「和平のしるしに、御息女のジュリエッタ様と、わが家の当主ロメオ様の結婚を」と申し出るが、長男をロメオに殺されたカペッリオがそれを承諾するわけもない。ロメオは「カプレーティの長男を殺してしまったのは、戦いの中で起きたことで、わが当主が故意にしたことではなかったのです」と語る。カヴァティーナ「もしロメオが御子息を殺めたとしても」(ロメオ)
しかしカペッリオとカプレーティの兵士たちに強く拒絶され、ロメオは「ならば最後まで戦うのみ」と和平案をなかったことにする。
皆がいなくなって、ロメオと二人きりになったロレンツォは、敵陣に一人で乗り込んできたロメオに「なんと危ないことを!」と語りかける。ジュリエッタのことが気がかりでならないロメオだが、館から出てくるアデーリアの姿を認めて、ロメオは姿を隠す。
アデーリアは女官たちに、父親からは結婚を強制され、恋する人とも会えない娘ジュリエッタがやっと眠ったと話す。カヴァティーナ「娘は眠れぬ日々に疲れ果て」(アデーリア)アデーリアたちが去っていくと、浅い眠りから覚めたジュリエッタが現れる。そしてロレンツォを見つけると、ロメオへの恋心を訴える。ロレンツォはそこにロメオがいることをジュリエッタに教え、ロメオとジュリエッとは久しぶりの再開を喜ぶ。愛の二重唱「再び会えたのは、あなたなのね」(ジュリエッタ、ロメオ)
ロレンツォが、カペッリオがやってくることを知らせ、ロメオはその場から去る。
カペッリオは、テバルドとの結婚を拒む娘ジュリエッタに「お前がモンテッキ家の者と愛し合っていると噂になっている。」と優しい口調ながら娘を問い詰めていく。テバルドもジュリエッタへの想いを熱く語るが、彼女は拒絶するばかり。父は娘に「不名誉な噂を打ち消すために、今日テバルドと結婚せよ」と命令し、ジュリエッタは「それは私に死ねとおっしゃるのと同じです」と言うが、父は耳を貸さない。三重唱「話すのだ、私の不安を鎮めておくれ」(カペッリオ、ジュリエッタ、テバルド)「今夜までに結婚式を挙げろ」と言う父に、「せめて1日だけ猶予を」とジュリエッタは懇願する。
しかしカペッリオは「今夕にはジュリエッタはテバルドの妻になるのだ」と宣言する。アデーリアは、娘に厳しい夫とジュリエッタを気遣う。
館はジュリエッタとテバルドの婚礼だと華やぐ。たまらずに走り去るジュリエッタを皆の者が追いかけていく。
ロメオとロレンツォが二人で話している。ロメオは今夜の婚礼にモンテッキの家臣たちとともに紛れ込んで「結婚式をめちゃくちゃにしてやるのだ!」と息巻き、ロレンツォがそれを必死になだめる。
ロメオたちモンテッキ家の者たちがなだれ込んで、やはり結婚式は騒然とになった。ひとり戻って来たジュリエッタが、結婚式が途中で中止になったことに安堵すると同時に、自分のために同族の者の多くの血が流されたことを悲しみ、もしや愛するロメオも怪我をしたり、あるいは命を落としてはいまいかと心配し、彼の無事を神に祈る。第1幕フィナーレ「騒ぎは治まったようだわ」(ジュリエッタ)
そこにロメオがきて、ジュリエッタに「一緒に逃げよう」と言うが彼女はそれを躊躇う。その間に、カペッリオやテバルドがやって来て、モンテッキからきた使者こそが、ロメオであったことを知る。ロメオとジュリエッタは絶体絶命の窮地に追い込まれる。モンテッキの家臣たちがロメオを救いに現れ、両家の者たちが入り乱れ、テバルドとロメオが一騎討ちになる。混乱を憂いるジュリエッタとアデーリア、闘う男たちのそれぞれの気持ちが交錯する中、第1幕の幕は下りる。
【第2幕】
カプレーティとモンテッキの戦いはまだ続いている。アデーリアと館の女たちがいつまでも続く戦いを憂い、どちらにしても不幸な結果しか残ら無いと嘆いているところに、負傷したテバルドが運び込まれてくる。ロメオに刺されたテバルドは息を引き取り、人々は嘆き悲しむ。
怒り狂うカペッリオは、テバルドが死んだのはジュリエッタのせいであり、もう父でも娘でもないと言い放つ。
ジュリエッタはロレンツォに死にたいと語る。ロレンツォは死ぬための薬を望むジュリエッタに、逡巡した上で、周囲が彼女が死んだと信じる昏睡する薬の存在を話す。そして彼女が死んだと思わせて、一度墓所に埋葬されたのちに目が覚めれば、自由になりロメオと結ばれると提案する。二重唱「あそこにはロメオに殺された兄が埋葬されています」(ジュリエッタ、ロレンツォ)
決心して薬を呷ったジュリエッタ。ロレンツォはロメオにこのことを知らせる手紙を書くためにその場を去っていく。
アデーリアとカペッリオは、娘の処遇で言い争いをしている。カペッリオは「娘を館から追放する」と言うが、その時、娘の死を嘆く人々の声を聞く。
ロレンツォが「ジュリエッタは死んだ」とアデーリアとカペッリオに伝え、両親は大きなショックを受ける。
ジュリエッタの亡骸を抱きしめたカペッリオは、娘に厳しく当たってきたがために娘を死に追いやったことを深く後悔して慟哭する。アリア「やめてくれ 放っておいてくれ」(カペッリオ)
人々はカペッリオが娘にあまりに厳しく接していたことに天罰が下ったと語り合い、アデーリアに同情する。カペッリオは横たわる娘に許しを乞う。
ロレンツォはジュリエッタの亡骸を墓所に運ぶように促す。が、アデーリアは娘のそばから離れようとせず、夫の冷酷さを嘆く。
場面は変わり、ここはカプレーティ家の墓所。
人々がジュリエッタの死を嘆きながら墓所を後にする。
そこにジュリエッタの死の報せを聞いたロメオが敵の墓所に忍び込んでくる。そして彼女の亡骸の美しさを称え「眠っているなら起きておくれ一緒に逃げよう」と話しかける。アリア「ここがその場所〜ああもし眠っているのなら目覚めておくれ」(ロメオ)そしてジュリエッタが本当に死んでしまったと思い込んだロメオは、彼女を追うために毒を呷る。
そこでジュリエッタが目を覚ます。驚くロメオ。ロメオはロレンツォからの手紙を読んでおらず、ジュリエッタの見せかけの死については聞いていなかったのだった。何も知らずロメオとの再会を喜ぶジュリエッタだが、ロメオが毒を呷ったことを知り、あまりに過酷な運命を嘆き悲しむ。二重唱「なんとひどいことをなさったのです」(ジュリエッタ、ロメオ) ロメオは「自分の墓に涙を注いでおくれ」と言いながら、なす術もなく嘆き悲しむ彼女を残して息を引き取る。ジュリエッタはあまりの悲しみに気を失う。
そこにロレンツォが来て、ロメオを探す。息絶えたロメオを見たロレンツォは自分の出した手紙が彼に届かなかったことを知る。
するとジュリエッタが気が付き、そこにロレンツォの姿を認めて、彼を責める。そしてジュリエッタは「墓石の間から嘆きの声が聞こえてくる。ロメオが私を呼んでいるのだわ」と言い、ロメオの亡骸に語りかける。アリア「私も一緒に連れていって」 (ジュリエッタ)
カペッリオがやってきて、息を吹き返した娘を見つけて喜ぶ。ジュリエッタは父親に「その剣で私を殺して」と言い、父から短剣を奪い取ると自分を刺して、ロメオの亡骸の側で息を引き取る。娘を呼ぶカペッリオの声が虚しく響く中、「天の怒りがカペッリオに襲い掛かったのだ」と人々が口にして、この悲劇は終わる。フィナーレ「ひどい人、私が生きることを望むなら私に愛する人を返してください。」(ジュリエッタ、カペッリオ、ロレンツォ)
(河野典子)