作品について
ベッリーニ作曲
オペラ全2幕 字幕付き原語上演
イントロダクション
稀代のメロディ・メーカーと謳われたヴィンチェンツォ・ベッリーニ(1801~35)が作曲した「カプレーティ家とモンテッキ家」の公演の成功は、ベルカントの確かな技術を持った歌手たちが、いかに流麗な音楽に書き込まれた登場人物の心情を表現できるかに掛かっています。
ヒロイン、ジュリエッタには、4月の「愛の妙薬」でも好評を博したベルカントのスペシャリスト高橋薫子と光岡暁恵が扮します。このふたりならば、この役を単に美しく歌うだけでは終わらせないはずです。ロメオは、藤原歌劇団公演「ファルスタッフ」「ランスへの旅」や紀尾井ホール「オリンピーアデ」で絶賛されるなど、進境著しい向野由美子と、日本での活躍のみならず、この春もスペインで「蝶々夫人」のスズキを演じてきたばかりの鳥木弥生という、歌ばかりでなく容姿としてもロメオ役にぴったりなふたりが登場します。
ロメオの恋敵テバルドに、ベルカント・オペラ初挑戦の笛田博昭と、端正な歌唱で高評価を得ている所谷直生。その他ジュリエッタの父カペッリオに、彭 康亮/豊島雄一、ジュリエッタの良き相談相手である医者のロレンツォには東原貞彦/坂本伸司が、それぞれ出演します。
演出には、オペラを知り尽くした、細部にまで神経の行き届いた演出で定評のある松本重孝を迎えます。
指揮は、日本オペラ協会「天守物語」、東京室内歌劇場「ゲノフェーファ」(シューマン)などで、オペラ指揮者としても活躍の場を広げつつある山下一史が、ベルカント・オペラに挑みます。
見どころ・聴きどころ
最初の聴きどころは、ジュリエッタの婚約者であるテバルドのカヴァティーナ「この剣はそのためにある」です。幕開き早々に美しいカンタービレを歌い切るのは、テノールにとってハードですが、ベルカント・テノールとしての実力の見せどころでもあります。後半のカバレッタ部分は、そのテノールの声質により、ヴァリエーションのつけ方がガラリと変わります。
続いて登場するロメオ役のメッゾ・ソプラノは、カヴァティーナ「たとえロメオがご子息を手にかけたとしても」で、ロメオという青年貴族の凛々しさを聴衆に印象付けねばなりません。
そして、ジュリエッタの登場の場で歌われる「ああ、いくたびか」。ベッリーニの特徴である憂いを秘めたメロディー・ラインに彩られたこのカヴァティーナは、このオペラの中でもっとも有名な一曲です。
また、この幕のフィナーレ中盤にある、アカペラで始まる五重唱「天の救いとお力を」は、いかにもベッリーニという美しいハーモニーを持った部分です。
第2幕の冒頭の、仮死状態になる薬を目の前にして逡巡するジュリエッタとロレンツォのシェーナ「私は死を恐れません」と、決心して薬を飲み干して父カペッリオにさりげなく別れを告げるアリア「ああ!お父様のお許しなしに、私は旅立つことが出来ません」は、ジュリエッタ役の表現力の見せ場となります。
フィナーレで、ロメオがジュリエッタの死を嘆き悲しむアリア「ああ、君の清らかな魂が」から、ふたりの死までは、譜面上には一見簡単そうなメロディーが並んでいます。しかし実際は、主役のふたりのどちらもがベルカントの確かな技術で息を支えて歌い切ることができてこそ、ベッリーニの音楽が持つ旋律美が立ち上がり、聴衆に感動を与えることができる難しい場面なのです。
あらすじ
【第1幕】
(第1場)カプレーティ家の館
教皇派に属するカプレーティ家の人々が、皇帝派のモンテッキ家からの攻撃に備えている。カプレーティ家の厳格な家長であるカペッリオは、彼自身が娘ジュリエッタの婚約者に定めたテバルドとともに、息子を殺したモンテッキ家の若き当主ロメオへの復讐を誓う。モンテッキ家から和平交渉の使者が送り込まれてくる。実はその使者こそ、ロメオその人なのだが、長くヴェローナを離れていた彼の顔を知る者は誰もいない。カペッリオは、和平の申し出を拒否し、話し合いは物別れに終わる。
(第2場)ジュリエッタの部屋
ジュリエッタが、厳格な父に命じられたテバルドとの結婚と、恋い焦がれるロメオへの想いとの板挟みに苦しんでいる。そこにロメオが現れて、彼女に駆け落ちをしようと言うが「カプレーティ家の娘として、父との絆を断ち切ることも、家名を傷つけることもできません」と彼女はそれを拒む。
(第3場)カプレーティ家の広間
ジュリエッタとテバルドの婚礼の準備が、着々と進んでいる。そこをモンテッキ家の者たちが急襲する。カプレーティ家の人々は武器を手に館の外へ飛び出していく。ロメオが、その混乱に乗じてジュリエッタをさらって逃げようとするが、カペッリオとテバルドに見つかってしまう。そして彼こそがロメオであることが、彼らに知られてしまう。
【第2幕】
(第1場)カプレーティの館の一室
父とロメオのどちらかを選ぶことのできないジュリエッタが悩んでいる。そこに、彼女のよき相談相手である医師のロレンツォが現れ、彼女に仮死状態になる薬を与えて「あなたが死んだと見せかけるのです。そして息を吹き返した後は、ロメオと一緒に生きていけばよいのです」と提案する。彼女は迷った末にその薬を飲み干して、父カペッリオに別れを告げる。漠然とした不安にかられたカペッリオは、ロレンツォを部屋から出さぬようにと家臣たちに命じる。
(第2場)館近くの寂しい場所
ジュリエッタを巡るふたりの男、ロメオとテバルドが対決する。いざふたりが剣を抜いて、決闘を始めようとした瞬間、館からジュリエッタの死を悼む嘆きの声が聞えてくるので、ふたりは呆然と立ち尽くす。
(第3場)カプレーティ家の墓所
仮死状態のジュリエッタの躰が墓所に安置されている。彼女が本当に死んでしまったと思い込んだロメオは、彼女の後を追うために毒を煽る。そのとき、ジュリエッタが息を吹き返す。ロメオとの再会を喜ぶジュリエッタだったが、ロメオはすでに虫の息で、彼はジュリエッタの腕の中で息を引き取る。絶望したジュリエッタは、ロメオが身につけていた短剣で自分の胸を突いて、彼の亡骸の上に倒れこむようにして息絶える。
そこに駆けつけてきた両家の人々は、若いふたりの酷い最期に愕然とする。「誰が殺したのだ!?」と言うカペッリオに向かって、ロレンツォたちは「彼らを殺したのは、あなただ!」と、厳格なばかりで、一度として娘の心の痛みに眼を向けることをしなかった父親の冷徹さを責める。
(河野典子)