作品について
プッチーニ作曲
オペラ全2幕 字幕付き原語上演
イントロダクション
2019年に第11回を迎えるアルテリッカしんゆり音楽祭に、藤原歌劇団は、1984年以来大切に受け継いできた粟国安彦演出の美しいプロダクションによる「蝶々夫人」を上演します。
タイトルロールの蝶々さんには、18年藤原歌劇団公演「ナヴァラの娘」、新国立劇場「蝶々夫人」でも大成功を収めた小林厚子(27日)と、この公演が藤原歌劇団へのデビューとなる新進気鋭の迫田美帆(28日)を、ピンカートンにはタイプの違うふたりのテノール、笛田博昭(27日)と藤田卓也(28日)を配しました。シャープレスには、ヴェテランの牧野正人(27日)とのダブルキャストに、若手の市川宥一郎を大抜擢。スズキには鳥木弥生(27日)と但馬由香(28日)、ゴローにはヴェテランの松浦健(27日)と若手の井出司(28日)。これまで藤原を支えてきた歌手たちと次世代を担う歌手たちが、プッチーニの代表作でその力を結集します。
指揮には、こちらも気鋭の鈴木恵里奈。今回が藤原歌劇団への指揮者デビューとなりますが、東京藝大大学院修了後、これまで数多くのオペラの現場で副指揮としての経験を積んできた若手のホープです。管弦楽は、テアトロ・ジーリオ・オーケストラ。鈴木の手腕にも是非ご注目ください。
見どころ・聴きどころ
長年再演されている粟國安彦演出の舞台は、美しくそして完成度の高い、いわば「蝶々夫人」の決定版とも呼べる舞台です。
蝶々夫人役はソプラノ殺しの役ともいわれるほど、出ずっぱり、歌いっぱなしのソプラノにとって過酷な役で、数えで15歳の幼さの残る第1幕から、母として我が子の行く末を案じつつ自害する第2幕まで、舞台上でひとりの女性として成長していきます。アリア「ある晴れた日に」、幕切れ寸前のドラマティックな「かわいい坊や」のほか、ピンカートンとの〈愛の二重唱〉、待ち望んだ愛する人との再会を期待して心弾む蝶々さんとスズキの〈花の二重唱〉もよく知られています。また、ピンカートンの第1幕でのシャープレスとの二重唱「世界のどこであっても」から続く「愛か気まぐれか」と、第2幕「さらば愛の巣よ」のアリアは、ピンカートンの若々しさと、テノールの美声の聴かせどころとなります。
あらすじ
【第1幕】
長崎の街と港を見下ろす丘の上
19世紀末の長崎。アメリカ海軍士官のピンカートンが、現地妻の斡旋をしている女衒のゴローと現れる。ピンカートンは、蝶々さんと住む家を下見して、ゴローから女中や下男たちを紹介される。
そこに丘のふもとからの急な坂を、汗を拭きながらアメリカ領事のシャープレスが登ってくる。ピンカートンは、この小さな家を彼に見せながら「港ごとに女を作り、享楽的に生きるのがヤンキー男たるものだ」と語り、シャープレスも「アメリカよ永遠に」と唱和する。「世界のどこであっても」
今回の日本の娘との結婚に関して、どの程度本気なのかと問うシャープレスに、ピンカートンは「自分でもわからない」と答える。「愛か気まぐれか」
それを聞いたシャープレスは「本気で君に恋をしている娘のことを蝶の羽根をむしり取るように、いたずらに傷つけるのは如何なものだろうか」と戒めの言葉を口にする。ピンカートンは「いつか僕が本当に結婚するであろうアメリカ人の妻のために」と言い、二人は乾杯する。そこへ遠くから花嫁行列の華やいだ声が聞こえてくる。蝶々さんが、その母親、親類、芸者仲間たちと到着する。
シャープレスに問われた蝶々さんは、自分は没落士族の娘で、まだ15歳ながら芸者をしていると語り、嫁入り道具をピンカートンに見せ、昨日ひとりで教会にいってキリスト教に改宗したことも語る。「おいで、愛しい人よ」
神官が現れ、二人が結婚式を挙げる。人々がそれを祝福する。
そこに蝶々さんの伯父で、僧侶であるボンゾが怒り狂った様子で現れる。蝶々さんが改宗したことをなじり、それを聞いた親類たちも驚いて、その場から去っていく。
悲しむ蝶々さんと二人きりになったピンカートンは、蝶々さんをなだめ、抱きしめる。「魅力的な目をした可愛い娘よ」〈愛の二重唱〉
【第2幕】
蝶々さんの家の中
ピンカートンが「次に駒鳥が巣を作る頃には戻ってくる」と言って長崎を発ってから早3年が過ぎた。スズキが天照大神に祈りながら「もう旦那様はお戻りにならないのでは。あまりにも蝶々さんが可哀想でなりません」と涙を流す。それを見た蝶々さんが、「そんなことはないわ。あの方の乗る船が、水平線の彼方から現れるの。そして私の名を呼びながらこの丘を登っていらっしゃるのよ」といつも夢に見るピンカートンが戻ってくる様子を語って聞かせる。「ある晴れた日に」
シャープレスが、ピンカートンからの手紙を携えて訪ねてくる。そこに女衒のゴローが、蝶々さんにご執心の金持ちのヤマドリを連れてやってくるので、シャープレスはなかなか落ち着いて手紙を読み始めることができない。ゴローは「生活も立ち行かないのだし、アメリカ人の亭主が戻ってくるわけもない。いっそこのヤマドリの旦那の世話になったらどうか」と言って、怒った蝶々さんに追い払われる。騒ぎが収まって、やっとシャープレスは手紙を読み始める。「友よ、あの美しい花のような娘に伝えて欲しい」
「あの方が帰ってくる」と喜ぶ蝶々さんの様子に、シャープレスはピンカートンがアメリカで結婚したと書いてあるところまで読んで聞かせることができない。困惑したシャープレスは蝶々さんに「もしもピンカートンが戻ってこなかったら、ヤマドリの世話になってはいかがですか」と言う。その言葉を聞いた蝶々さんは「あなたまでそんなことをおっしゃるなんて」と怒り、別の部屋にいた金髪の巻き毛の男の子を抱いて現れ「旦那様に捨てられたら、私はこの子を抱いて物乞いをして生きるか、あるいは芸者に戻るしかない。それならばいっそ死を選びます」と語る。「母さんはお前を抱いて」彼女の覚悟にシャープレスは、ピンカートンがアメリカ人の妻を伴って来日することを言い出せないまま、暇乞いをする。
スズキがゴローの襟首を掴んで、引きずるようにして連れてくる。ゴローが「蝶々さんの子は誰の子だかわかったものではない。アメリカでは呪われて生まれた子は人々から常に嫌われる」と言うので、蝶々さんは父の形見の懐刀を振りかざし、ゴローは逃げ去る。
そこに船の入港を告げる大砲の音が響く。望遠鏡を覗くと、船にはアメリカ海軍のリンカーン号とある。蝶々さんは「旦那様が戻っていらした。私が信じていたとおりになった」と喜ぶ。そして、スズキとともに庭で摘んできた花々を部屋の中に撒き散らす。「花を集めてきてちょうだい」〈花の二重唱〉
そして髪を整えて化粧をし、婚礼衣裳の打掛を着て、子供とスズキとともに、港が見える方向の障子の前に並んで座りピンカートンが丘を上がってくるのを待つことにする。夜が更けても彼女たちは待ち続ける。〈ハミングコーラス〉
日本風のメロディを多用した。これからの蝶々さんの運命を暗示するような音楽が流れる。〈間奏曲〉
とうとう朝になったが、結局ピンカートンは戻ってこなかった。眠っている子供を抱いて、蝶々さんは奥の部屋へと消える。ひとり残ったスズキは、庭にシャープレスとピンカートン、そして見知らぬアメリカ人女性が現れたのを見て驚く。蝶々さんを呼びに行こうとするスズキをシャープレスが呼び止めて、この女性がピンカートンの妻、ケイトであることを話し、「お前から蝶々さんに話してくれないか」と頼む。シャープレスはピンカートンを「見たか。君の軽率な行動の結果がこれだ」と責める。ピンカートンは後悔の念に苛まれ、あとをシャープレスに託し、逃げるようにその場を去る。「さらば愛の巣よ」
人の気配に蝶々さんがやってくるので、ケイトとシャープレスは物陰に姿を隠す。蝶々さんは「旦那様がお帰りなったのでは」と家中を探し回る。その蝶々さんに、庭にいるケイトの姿が目に入る。スズキの様子から蝶々さんは一瞬ですべてを悟る。ケイトは蝶々さんに「私を赦してくださいますか。自分の子供として大切に育てますので、坊やを私に委ねてくださいませんか」と静かに問いかける。「あの方がいらしてくだされば、子供はお渡しします。30分ほどしたら迎えに来るようお伝えください」と蝶々さんは気丈に答える。
ケイトとシャープレスが去っていくのを見届け、スズキにすべての障子を閉めさせて蝶々さんは泣き崩れる。そしてスズキに「子供と一緒に遊んでやって」と言って、彼女を自分から遠ざける。
ひとり部屋に残った蝶々さんは、〈誇りを持って生きられぬならば、誇りを持って死を選ぶべし〉と書かれた父の形見の懐刀で自害しようとする。その時、幼い息子が走り込んでくる。蝶々さんは彼を抱いて、息子に別れを告げる。「かわいい坊や」
そして子供を遊びにいかせ、ひとり残った蝶々さんは自害する。遠くからピンカートンが蝶々さんを呼ぶ声が聞こえる中、彼女はこと切れる。
(河野典子)