作品について
A.スカルラッティ作曲
オペラ全3幕 字幕付き原語(イタリア語)上演
イントロダクション
〈ベルカントオペラフェスティバル イン ジャパン2019〉では、シチリア出身の作曲家アレッサンドロ・スカルラッティ(1660-1725)による喜劇「貞節の勝利Il trionfo dell’onore」をお送りします。この作品はA.スカルラッティが、1718年に当時宮廷楽師を務めていたナポリで初演され大好評をとりましたが、その公演を観ることができたのは王家と貴族たちのみ。再演されるまでに、なんと200年以上の時を要しました(1937年イギリス・ラフトン)。ナポリ楽派の祖とも呼ばれる円熟期のA.スカルラッティが、ナポリで書いたこの〈音楽のための喜劇〉(Commedia posta in musica)は、同時代に生きたナポリのフランチェスコ・アントニオ・トゥッリオ(1660-1737)の台本によるもので、物語は、いわばモーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」のタイトル・ロールに当たるリッカルド(S:ズボン役)と、ドンナ・エルヴィーラに相当する、彼をルッカからピサまで追いかけてきたレオノーラ(MS)を中心として、彼らとその周囲の人々の恋愛模様を描いていきます。「ドン・ジョヴァンニ」との最大の違いは、リッカルドが最後には放蕩生活に別れを告げて、レオノーラとめでたく結ばれるところにあります。
ルッカで放蕩を尽くして次々に女に手を出して問題になり、ほとぼりが冷めるまで叔父の館で匿ってもらおうとピサ郊外までやってきた若者、リッカルド・アルベノーリには、今年の「蝶々夫人」タイトル・ロールでの瑞々しい歌唱が好評だった迫田美帆(S)。リッカルドに誘惑され捨てられたレオノーラ・ドリーニに米谷朋子(MS)。その兄弟、エルミーニオ・ドリーニに、世界的に注目を集めるイタリアの若手カウンター・テナー、ラッファエーレ・ぺー。エルミーニオとリッカルドの間で揺れる娘ドラリーチェ・ロッセッティに伊藤晴(S)。リッカルドの叔父で、コルネーリアという婚約者がありながら若い女の子にも目がないフラミーニオ・カストラヴァッカに小堀勇介(T)。ドラリーチェの叔母で、テノールが女装して演じるコルネーリア・ファヴァッチに山内政幸。コルネーリアの召使いの娘ロジーナ・カルッチャに但馬由香(MS)。リッカルドの悪友ロディマルテ・ボンバルダ隊長にパトリーツィオ・ラ・プラーカ(Bs-Br)。2018年にヴァッレ・ディトリア音楽祭でこのオペラを演じた歌手たちと、藤原歌劇団の歌手たちが共演します。
指揮はこれまでクレモナやローザンヌなどの歌劇場において合唱指揮者を務め、2016年ヴァッレ・ディトリア音楽祭で、A.ステッファーニ作曲の1幕物のバロック・オペラ「バッカナーリ」を指揮したアントニオ・グレーコ。演出は、2018年にもこのオペラを演出したジャコモ・フェッラウとリーベロ・ステッルーティです。
見どころ・聴きどころ
リッカルドには「ああ愉快だ、甘い言葉で」、「あなたは優雅で美しいけれど」、「この心を受け取って」といった女性を口説くことを楽しんでいる青年が、本気で女性を愛するようになるまでの変化を表すアリアがあります。レオノーラには「私の過酷で非情な運命よ」、「つらく悲痛なため息をつきながら」、「あなたを苦しめるために」などの悲痛なアリアが、ドラリーチェには「ええ、愛しいひと」や「愛だけが私を慰める」、「ああ早く来て、愛しい夜よ」などの恋する娘の流麗なアリアが用意されています。カウンターテナーが演じるエルミーニオには、高い歌唱技術を披露する「怒りと憤りがこの胸に」や「熱き血潮がこの胸に」があり、他にもフラミーニオの「いたずらっ子のようなかわいい瞳」やロディマルテの「私の勇敢な剣さばきで」や、「俺の勝ちだ」、ロジーナの「花嫁になるなんて素敵」、怒れるコルネーリアの「私は許さないわよ」など、登場人物それぞれに聴かせどころが用意されています。また、第2幕で歌われる主要登場人物たちによる四重唱「愛しい人、静かに」やフィナーレなど、重唱の美しさにも注目すべきものがあります。
あらすじ
【第1幕】
ピサ近郊のとある村。
放蕩生活が過ぎてルッカにいられなくなったリッカルド(S:ズボン役)は、悪友ロディマルテ(Bs)とふたり、リッカルドの叔父であるフラミーニオ(T)のもとで、ほとぼりが冷めるまで身を隠すために逃げてきた。叔父は突然やってきたこのふたりを家に入れる。
そこに、リッカルドに貞節を奪われて捨てられたレオノーラ(A)が、彼を追ってくる。彼女は我が身の不幸を嘆き、悲しみと疲れで倒れてしまう。「私の辛く、残酷な運命よ」彼女が倒れたのはフラミーニオの婚約者で、すぐ近所に住むコルネーリア(A)の家の前。コルネーリアは女中のロジーナ(S)とともにレオノーラを介抱し、彼女を家に招き入れる。
中年カップルであるフラミーニオとコルネーリアだが、当のフラミーニオは、彼女の召使いであるロジーナを熱心に口説いている。「そのいたずらっ子のようなかわいい瞳」
しかし若いロジーナには相手にされない。
レオノーラが外の空気を吸いに出てくると、そこに彼女の兄弟で、ドラリーチェに恋するエルミーニオ(CT)が現れる。彼はレオノーラからリッカルドの行状を聞いて怒りを露わにし、自分の恋の行方にも不安を抱く。「混乱した嵐の中で」
エルミーニオがその場から去った後、こちらもリッカルドに捨てられ、失恋の痛手を癒すために叔母であるコルネーリアのところに遊びにきたドラリーチェ(S)が現れる。自分がリッカルドに捨てられた原因が、彼がドラリーチェに心を移したことにあることを知っているレオノーラだが、本心を隠したままドラリーチェの話を聞く。同じ男性に捨てられたふたりの女性が、それぞれの心情を語る。二重唱「希望、心配、希望、不安」
レオノーラがその場を去り、残ったドラリーチェと叔父の家から出てきたリッカルドが出くわす。リッカルドは懲りずに再びドラリーチェを口説く。ドラリーチェはリッカルドの不実さを責めつつも、実はまだ彼に心を残しているのだった。「ええ、あなたは愛しい人」
なんとか危機を脱したと思ったリッカルドは、ロディマルテに女を口説くのなど簡単だと語る。「ああ、愉快だ、甘い言葉で」
ロジーナを見つけたロディマルテは、自分の戦場での活躍を語り、彼女を口説こうとする。「私は勇敢な剣さばきで」
しかしロジーナはそれを笑い飛ばし、揶揄する。「ごらん、オールドミスだったら」それでも食い下がるロディマルテとロジーナの二重唱が始まり、ロジーナはロディマルテに惹かれはじめ、最後にふたりは一緒に家の中に姿を消す。二重唱「待って、待って、これは驚きだ!」
【第2幕】
レオノーラとエルミーニオがいる。レオノーラは彼にドラリーチェがリッカルドに誘惑された事実を話す。そこに現れたリッカルドにエルミーニオは「彼女は僕のものだ」と挑む。レオノーラはリッカルドの不実さを責めるが、彼は「あなたは素敵な人だけれど、僕の心にはあなたの美しさが響かない」とあっさりレオノーラを拒絶する。「あなたは優雅で美しいけれど」
そこにドラリーチェが現れて、エルミーニオがそこにいるのに驚く。エルミーニオはドラリーチェの裏切りに激昂する。「怒りと憤りがこの胸に」
レオノーラとドラリーチェが「リッカルドは私のものよ」とつかみ合いの喧嘩になりそうなところにコルネーリアとフラミーニオが割って入り、彼女たちを引き離す。
レオノーラが辛い心情を吐露する。「辛く苦しいため息をつきながら」
ドラリーチェはドラリーチェで、その心情を語る。「愛だけが私を慰めるわ」
コルネーリアはフラミーニオに甘く語りかけるが、フラミーニオはうんざりしながら適当に調子を合わせているだけである。二重唱「愛しいひとよ。私の大事な人」
〈シンフォニア〉
失望したエルミーニオが、恋人に裏切られた悲しみを歌う。「熱き血潮がこの胸を」
ロディマルテがロジーナに愛を語っていると、そこに彼女に横恋慕するフラミーニオが現れて争いになり、ロディマルテは「決闘するなら受けて立つぞ」と言い放つ。「俺の勝ちだ」
一方、フラミーニオがロジーナに言い寄っているのを見たコルネーリアは、彼を責める。逆ギレしたフラミーニオは「結婚はなしだ!」と開き直る。「静かにしろ!」
怒ったコルネーリアにロジーナは「自分は無実です」と主張するが、コルネーリアの怒りは収まらない。「私は許さないわよ」
戻ってきたロディマルテは、「フラミーニオとは何もない」というロジーナの言葉を聞いて安心し、ふたりは愛を語り合う。二重唱「私はあなたが好きです」
リッカルドに拒絶されたレオノーラが「彼を許さない」と言いつつも、まだ彼のことを諦められない心情を語る。「あなたを苦しめるために」
リッカルドがドラリーチェに「一緒に逃げよう」と誘う。迷っているドラリーチェの前にエルミーニオも現れて「僕と結婚してくれ」とプロポーズする。ドラリーチェは迷う。「ああ早く来て、愛しい夜よ」
エルミーニオが、リッカルドに決闘を申し込む。ドラリーチェ、レオノーラ、リッカルド、エルミーニオのそれぞれの気持ちが交錯する。四重唱「愛しい人、黙って」
【第3幕】
エルミーニオが、乱れる心を語る。「愛する人を奪おうとするのは誰だ」
リッカルドはドラリーチェを連れて逃げようとし、ロディマルテもロジーナを連れて逃げようと結婚を申し込む。ロジーナは結婚という言葉に強く惹かれる。「花嫁になるなんて素敵」
ロディマルテの腕の中にいるロジーナの姿を見つけたフラミーニオは怒るが、逆にその様子を見たコルネーリアにこってりと絞られる。4人がそれぞれの気持ちを吐露する。四重唱「よく考えろ」
リッカルドとエルミーニオが決闘し、リッカルドが怪我をして倒れる。トドメを刺そうとするエルミーニオをレオノーラが止め、リッカルドを介抱する。リッカルドはこれまでの自分の行いを反省し、レオノーラに赦しを乞い、彼女にプロポーズする。「この心を受け取って」
ドラリーチェもエルミーニオの愛を受け入れ、ロジーナとロディマルテも結ばれ、コルネーリアとフラミーニオも仲直りして大団円となったところで、幕が下りる。全員「貞節の勝利を祝おう」
(河野典子)