作品について
本公演は終了いたしました。
ドニゼッティ作曲
オペラ全2幕 字幕付き原語(イタリア語)上演
誤解と和解、そして愛への忠誠
運命に翻弄された女性ピーアの、慈愛に満ちた物語
ベルカント・オペラの真髄がここに
音楽と物語の秀逸な調和に、心振るわせる体験を。
INTRODUCTION
藤原歌劇団創立 90 周年に日生劇場とのコラボレーションでお届けするのは、ベルカントの巨匠ドニゼッティがその絶頂期に遺した傑作の一つ「ピーア・デ・トロメイ」です。
ダンテの「神曲」にも登場し、嫉妬と誤解によって運命を狂わされた「トロメイ家のピーア」の悲劇と慈愛を描いた本作。タイトルロールを演じるのは、今や藤原歌劇団のプリマドンナとして一線で大活躍中の伊藤 晴(11/22&24)、そして、確かな声と技術で絶大な信頼と喝采を得ている迫田美帆(11/23)が務めます。ピーアの夫でマレンマ当主のネッロに、若手でありながらベルカントのバリトン役に多く抜擢され、安定した歌唱と美声を持つ井出壮志朗(11/22&24)と、ベテランで常に多く の観客を魅了し続ける森口賢二を配しました。テノール役には珍しい悪役、ネッロの従弟ギーノを演じるのは、藤田卓也(11/22&24)と海道弘 昭(11/23)のふたり。ピーアの弟でズボン役のロドリーゴは、星由佳子 (11/22&24)と北薗彩佳(11/23)が演じます。その他、藤原歌劇団を代表する歌い手がこの傑作を彩ります。
率いるは、世界中で活躍しオペラでも高い評価を得ている飯森範親 と、最前線でありながら伝統に裏付けされた演出のマルコ・ガンディーニ。これぞベルカントオペラという秀逸な舞台と珠玉のアリアの数々。 美しく研ぎ澄まされた旋律が聴衆の皆様の心に深く染み入るでしょう。 滅多に上演されない貴重な演目、そして美しい音楽と舞台に、ぜひご期待ください!
見どころ・聴きどころ
1835年にガエターノ・ドニゼッティは、「愛と死」というロマン派的な対照を見事に描いた不滅の秀作「ルチア」を創り上げた。ドニゼッティの特徴的な、繊細な心理状態や精神的な動きを浮かび上がらせる音楽的表現、ドラマの緊迫感の持続は「ピーア・デ・トロメイ」でも際立つ。このオペラは1837年2月18日にヴェネツィアで初演されているが、同年7月のセニガッリアの公演のために第一幕のフィナーレが手直しされ、さらに1838年9月30日のナポリのサン・カルロ劇場の公演のためにも改訂されている。ナポリの上演の際には、検閲の命令でオペラの最後がピーアの死で終わらず、ハッピーエンドに変更せざるを得なかった。今回の公演では、第一幕フィナーレをセニガッリア版とナポリ版のコンチェルタートに差し替えて上演される。
この作品では、夫への一途な愛を貫く純真なピーア(慈悲深いという意味の名)と、愛に燃える男たちの嫉妬や怒り、浄化、慈悲、苦悩、懇願、闘志などの心理を個別に浮き立たせるように構成されている。第一幕フィナーレのコンチェルタートにおいては、声と感情とのロマン派的一致が素晴らしい。また合唱が重要な役割を担っており、場面を際立たせる。そしてピーアの純真な柔らかさがギーノの心を浄化していく場面や、彼の死に際のシーン、ピーアの最期は、天才ドニゼッティのエッセンスが凝縮していて魅き寄せられる。
時折「あれっ? この旋律は?」と気づく、後のヴェルディの旋律が聴こえてくる。またコーラスには、第一幕の女声合唱で「アデライデ」や後の「ラ・ファヴォリータ」で使われた曲が、そして第二幕の男声合唱では、歌曲集『インフラスカータの秋の夕べ』に収められているボレロ「スペインの恋人 L’amante spagnolo」など、ドニゼッティのお気に入りの旋律が使われている。ロッシーニからヴェルディへの橋渡しをした、作曲家ドニゼッティの重要な役割が浮き立つ作品である。
あらすじ
1260年頃のイタリア中部トスカーナ地方。グエルフィ党(教皇派)に属するシエナのトロメイ家のピーアは、ギベリン党(皇帝派)に属するマレンマのラ・ピエトラ城の城主ネッロのもとに、政治的和平のために嫁ぐ。しかしピーアの弟のロドリーゴは対立を起こし、ギベリン党の牢に捕らえられている。
第1幕
ネッロの忠臣ウバルドは、夜中に密使が運んできた手紙を、ネッロのいとこのギーノに渡す。手紙はピーアに宛てたもので、そこには「真夜中、夫が不在の時に逢いに行く」と書かれてあった。彼女に横恋慕しているギーノは、それが男との密会の手紙だと思い込み、ピーアの不貞に嫉妬と怒りを募らせる。さらにギーノはピーアの侍女から、「二度と自分の前に現れないで欲しい」というメッセージが伝えられ、彼女に拒絶された屈辱感から、戦場にいるネッロの処へ行き、ピーアの不貞を暴いて復讐しようとはかる。
一方ピーアは自室で、捕らえられている弟のことを案じている。彼女は密かに看守を買収して弟の逃亡を企てたが、何の知らせもないため、計画が失敗したのかと不安に駆られている。すると昔からトロメイ家に仕える家臣のランベルトが、ある男からピーアに渡すよう言われたと例の手紙を持って入ってくる。筆跡からその手紙が弟からのものと分かり、彼女は弟に逢えることを喜ぶ。
戦場の陣営ではネッロが、和平を破ったロドリーゴを殺すことを決意するが、弟思いの妻ピーアのことが気に掛かっている。そこにギーノが現れ、ピーアの裏切りを告発する。ネッロは激しく動揺し、怒りに震える。そしてギーノは、ピーアのもとに男がやって来る現場を自分の目で見るようネッロに促し、二人は城へと急ぐ。
地下牢にいるピーアの弟ロドリーゴは、自分が死んだら彼女も命を落とすだろうと苦悩している。そこにパンと水を運んできた看守が、次に引き継ぐ見張り番を買収したと耳打ちする。ロドリーゴはギベリン党と戦うために、ふたたび戦場へ戻ると言い、牢から脱出する。
自室で弟を待つピーアにランベルトは、周囲に武装した者たちが身を隠して罠を仕掛けていると告げる。ロドリーゴがやってきて姉弟が抱き合う中、扉を叩く音がしネッロが開けるよう叫ぶ。立ち向かおうとするロドリーゴをランベルトが止め、秘密の抜け道から彼を逃がす。ネッロがならず者を追うよう武装した家臣らに命じ、剣を抜いてピーアを殺そうとするが、ギーノが彼の剣を取り上げる。ピーアは気を失って倒れる。
緊張の空気の中、ギーノはピーアの打ちひしがれた姿に哀れみを感じ始め、ネッロはピーアの罪にもはや希望はないと語り、意識が戻ったピーアは不吉なヴェールに覆われるような死の瞬間を感じる。ネッロは男をどこへ逃がしたのかとピーアに詰問するが、ひたすら死を望む彼女に、縛り上げてマレンマの牢に入れるよう命じる。
第2幕
ピーアの部屋から逃走したロドリーゴはランベルトから、彼女が牢に閉じ込められ死を待っていると聞き、怒りに駆られる。その時敵の奇襲を告げるラッパが鳴り響き、ロドリーゴとグエルフィ党の兵士たちは、ギベリン党に対する闘志を燃やす。
ギーノはピーアのもとに行き、自分の愛に屈すれば助けると申し出る。「私はネッロの妻です」と言う彼女に、男を部屋に迎え入れた「不貞な妻だ」とギーノが言い返すと、それは誤解であり、あの夜逢っていたのは弟のロドリーゴであることをピーアが打ち明ける。ギーノは自分だけがお前を救えるとさらに迫るが、それならば死を選ぶとピーアははっきり告げ、夫への愛を貫く。そしてギーノに跪きながら、心からの願いを訴える。誠実なピーアの柔らかさに満ちた言葉に、ギーノの心は次第に慈悲に包まれていく。彼はネッロに誤解であったことを告げて、ネッロの怒りを消すことをピーアに約束し発つ。
ウバルドは、夜明けにピーアを殺すようにというネッロからの命令書を受け取る。
激しい嵐が荒れ狂う中、突然グエルフィ党の大群の奇襲に遇ったネッロが、隠者の庵に逃げてくる。隠者ピエーロはネッロに、神の意志に従ってピーアへの怒りを鎮めるよう諭す。ネッロはピエーロの腕に身を投げながら、不実なピーアを憎んでいるがまだ愛していると苦悩を訴える。そこにグエルフィに襲われ瀕死の状態のギーノが現れ、あの夜ピーアのもとに来た男は彼女の弟であり、彼女を救うよう告げる。そしてギーノは、ピーアに横恋慕していたこと、嫉妬から犯した自らの罪を打ち明けて息絶える。嵐が収まる夜明けまで待つよう隠者たちは止めるが、毒殺を命じてしまったネッロは、神に祈りながら必死にピーアのもとへと走る。
ピーアの牢獄では、水の入った杯にウバルドが毒を注ぎ、ピーアはそれを飲む。絶望の境地の中でピーアが愛する夫ネッロを呼び求めると、彼女の名を叫びながらネッロが入って来る。続いてピーアの弟のロドリーゴも兵士を連れて入ってくる。ネッロは恨みを晴らすためにピーアに毒を飲ませたと話すと、ロドリーゴが彼を殺そうと襲い掛かる。ピーアは最後の力を振り絞ってロドリーゴの足元に倒れ込み、ネッロの誤解であったことを訴える。そしてネッロとロドリーゴが永遠に心を一つにするよう和平を懇願しながら、ピーアはネッロの腕の中で息を引き取る。
(髙橋和恵)