2024年2月に初演し、待望の再演を迎えるオペラ「ニングル」。今回、才三の妻であるミクリ役を演じる別府美沙子。私は歌うことが好きというよりもお芝居をしながら歌う方が好き。「ニングル」の共演者は”ファミリー”と語る彼女に密着。
今最も旬なアーティストのリアルな声や、話題の公演に関する臨場感あるエピソードなど、オペラがもっと楽しめること請け合いの情報をお届けするコーナー「CiaOpera!」。第63弾は、2025年9月20日(土)に上演する日本オペラ協会公演「ニングル」に、ミクリ役で出演する別府美沙子氏。再演への想いや、共演者とのエピソード、さらには小澤征爾音楽塾での様子まで幅広く語っていただきました。
小澤征爾音楽塾で得た学びと出会い。ボーカルコーチの言葉は自分の中で信じている一つ。
ー稽古が始まるまでの期間はなにをされていますか?
普段は映画やドラマ、あとお笑いも好きなのでよく観ることが多いです。特に漫才やコントをされている方はお芝居が上手なので、「M-1」など過去の映像を見返したりもします。笑いのプロの方々の“間”や“言い方”は、私たちのセリフと通じる部分があって、表現につながるものがあるなと思います。
ー歌手としての成長に特に影響を与えた出来事はありますか?
数年前に初めて小澤征爾音楽塾のオーディションを受け、合格して「カルメン」のフラスキータ役で参加しました。合格の知らせを受けたときは「びっくり」の一言でした。学生の頃から知っていたプロダクションなので嬉しさもありましたが、それ以上に驚きの方が大きかったです。
気合を入れて稽古に行きましたが、自分の実力不足を感じました。カヴァーキャスト稽古が一週間ほどあり、お昼はボーカルコーチとの稽古、さらに小澤征爾先生の音楽稽古もありました。直接先生の前で歌わせていただき、たくさんの刺激を受けました。
イタリアに留学経験はありましたが、小澤塾はどちらかというとアメリカ系のプロダクションに近く、稽古の進め方や感覚がイタリアとはまったく違っていて、それも驚きでした。
特にボーカルコーチのデニス・ジオーク氏には大変お世話になり、教えていただいたことは一つ一つ今でも覚えています。小澤塾に参加するといつも彼がコーチでいらっしゃるので、成長を見てくださり、今後の課題も伝えてくれる存在です。彼の言葉は、私が信じている大切な指針の一つです。

ー小澤征爾さんから言われて印象的な言葉はありますか?
「スピーク、スピーク!」とよくおっしゃっていました。「言葉が分からないとダメ」ということを常に言われていて、特に印象に残っているのは、フラスキータがカルメンとレチタティーヴォのようにやりとりするシーンです。
「もっともっとしゃべって、もっと言葉をのせなきゃダメだ」と、何度もやり直したのを覚えています。結局、最後まで納得はしていただけませんでしたが、とても強く心に残っています。
ーそうだったんですね。
関東近郊での稽古と環境が違うと思いますが、何か変化はありますか?
小澤塾は京都のロームシアターが拠点で、セイジ・オザワ松本フェスティバルは長野県松本市で行われます。昨年と一昨年は松本に一か月弱滞在し、オペラのことだけを考える生活を送りました。作品に集中できる幸せを感じながら稽古に取り組めました。松本は空気や水が美味しく、東京より涼しくて過ごしやすいので、集中しやすい環境だと思いました。

ーメンタル面の変化はありましたか?
気持ちが明るくなるように思います。
東京に戻ると電車の混雑がつらく感じます。私は東京出身なのでそういうのにストレスを感じたことは今までなかったのですが、松本など地方へ行き全く電車に乗らない生活をして東京に帰ってくると、東京のスピード感にいつもびっくりしますね。
ーリフレッシュに何かしていますか?
ジムには数年前から通っています。行く前は「面倒くさいな…」と思うこともありますが(笑)、一時間ほど集中して筋トレをしていくと頭もスッキリして体も良い疲労感があり、リセットされる感覚はあります。疲れていたり忙しくなると、ちょっとサボりたくなりますが、なるべく続けるようにしています。
大学の授業でお芝居をしながら歌ったとき「私は歌うことが好きというよりもお芝居をしながら歌う方が好きかもしれない」と思ったのが大きなきっかけ
ーオペラ歌手を目指したきっかけを教えてください。
2歳から児童合唱に参加していました。兄たちも一緒に合唱をしていたので、自然に音楽に触れていました。その後ピアノを始めましたが、手が小さくて続けるのが難しくなり、「じゃあ歌おう!」と思い、声楽で音楽大学に進みました。
大学では最初、高い声が全然出なくて歌えなかったのですが、授業でお芝居をしながら重唱を歌った時にものすごく楽しくて、「私は歌うことが好きというよりもお芝居をしながら歌う方が好きかもしれない」と思ったのが大きなきっかけでした。
ー表現でこだわってることはありますか?
まず自分自身が役に共感し、その表現を通じてお客様にも共感していただけるように意識しています。もちろんイメージしにくい役や、自分に近づけるのが難しい役もたくさんありますが、演出家や指揮者と納得いくまで話し合い、腑に落ちるところまで自分で考えます。考えて納得したら、そのうえで舞台ではエネルギーを放出して演じることを大切にしています。

ーこれまで演じてきた役の中で印象的だった役はありますか?
「ラ・トラヴィアータ」のヴィオレッタは特に印象的でした。彼女の数年間の人生を描くことで、心の変化や時の移ろいを表現する経験は初めてで、とてもやりがいのある役だと思いました。
演じやすかった役は「ミスター・シンデレラ」の伊集院薫です。ほぼ自分のような感覚で、一番寄せやすい役でした。彼女の人生を生きることがとても楽しかったです。
ー普段はどういう役を演じることが多いですか?
エネルギーを120%出すような役が多いと思います。私には「かわいそう」な雰囲気があまりないので、どちらかというと強気で芯のある女性を演じることが多いですね。
共演者は仲間、そしてファミリーという感覚を感じることが出来た
ー再演を聞いた時はどのような思いでしたか?
同じオペラを何度も演じる機会は少ないので、まず「もう一度できるんだ!」という喜びがありました。同時に稽古の大変さも思い出しました。いい意味での“しんどさ”を再び味わうことになるなと。日本語オペラなので、稽古中は心にダイレクトに響くものがあり、とても集中していたため、終わったあとは心が枯れたような感覚でした。
ー「ニングル」の再演に向けて準備していることはありますか?
原作を読み直したり、楽譜を見直したりしています。先日は勇太(ユタ)役の須藤慎吾さんからお声掛けいただき、共演者と一緒に前回のDVDを観ました。そのおかげで今はグッと「ニングル」の世界に入ってきたところです。再演ですが「同じようにやるより、変えていきたい」と考えています。
ーミクリはどのような人物ですか?
ミクリは自分の気持ちだけでなく、相手の気持ちも強く受け止める人だと思います。だからこそ、才三の思いも自然に自分の中に流れてきてしまうような人物だと思います。
ーミクリから見る才三はどんな存在だと思いますか。
心のとても近い存在だと思います。才三の気持ちを痛いほど理解できる人だと思っています。
ミクリと才三は夫婦ですが、一緒に登場するシーンは多くありません。そのため、お客様に「どんな夫婦なのか」を分かっていただくのは難しい部分もあると思います。ですが前回の公演では、共演者同士でたくさん話をする機会があり、舞台の外でも仲間というかファミリーのような感覚を持つことができました。それがお客様にどこまで伝わったかは分かりませんが、共演者の方々が本当に温かく接してくださったおかげで、私自身も自然とミクリの気持ちになれたと思います。

ー今、改めてミクリと向き合う時の心境の変化や、今度はミクリをどのように演じてみたいという思いはありますか?
初演ではミクリを演じることに必死だったので、今考えてみると「才三が死ぬ」ということを意識しすぎていました。今回はもっと日常を大切に描き、突然奪われた日常を表現したいです。

ー「ニングル」の中で一番印象的に残るシーンはありますか?
音楽的には第1幕最後のミクリの音楽から才三の大アリアにかけての流れが特に印象的です。シーンとしては、勇太(ユタ)の独白シーンは全て好きなのですが、特に第2幕の「水が出た」という場面。舞台美術の美しさと、勇太(ユタ)がありのままの心情を語っていて感動的です。
ー才三が亡くなったあとのミクリの心境はどのように変化しますか?
第2幕冒頭は絶望的ですが、その後才三が見つけた井戸を掘っていくという希望を持ち始めます。才三はもうこの世にはいないけれど、その意志を引き継いで生きていくという変化を感じていただきたいです。
ーこのオペラを通して何を感じてほしいですか?
「豊かさとは何か」を考えていただける作品だと思います。便利さが当たり前の現代ですが、本当にそれでいいのかなと思うことがあります。例えばスマートフォンはとても便利ですが、私の年少期には存在せず、私は木に登って兄弟と遊んでいましたしそれが幸せでした。「本当に豊かなことって何だろう」と考えるきっかけになれば嬉しいです。
ー「ニングル」についてお話くださりありがとうございました!
最後に今後演じてみたい役はありますか?
日本語で歌ったことはありますが、イタリア語で演じたことはないので、ヴィオレッタを演じられたら死んでもいいと思っています(笑)
<聞いてみタイム♪>
別府美沙子さんに、ちょっと聞いてみたいこと。
―さて、今回の「聞いてみタイム♪」のコーナーは、別府さん。サイコロを振っていただき、出た番号の質問にお答えいただきますが…
最近悲しかったこと

ちょっとお酒が弱くなったこと(笑)
あまり飲まなくなったというのが大きいのですが、前より弱くなってしまったのが悲しいです。
―素敵なお話をたくさんありがとうございました。
