アーティスト インタビュー

坂口 裕子

藤原歌劇団本公演2作目への出演に、心高鳴る。「ルチア」役の坂口裕子氏。

Vol.16

藤原歌劇団のみなさんと舞台をつくることが本当に楽しい。「ルチア」はイタリア、そして日本でもデビューを飾った大切な役。けれど楽譜は見るたびに常に発見が得られると思うので、過去に捉われず一から勉強し直す気概で、どんどんと自分を深め、覚悟を持って新しい「ルチア」を生きていきたい。『夕鶴』『ドン・ジョヴァンニ』など出演が続くが、お客様の心に残る歌い手を目指して活動していきたい。プライベートでは、「何故」を大切にしながらよく舞台を観る。その「何故」が、また自分を進化させてくれる。

今最も旬なアーティストのリアルな声や、話題の公演に関する臨場感あるエピソードなど、オペラがもっと楽しめること請け合いの情報をお届けする新コーナー「CiaOpera!」。第16弾は、渋谷のオーチャードホールにて上演の藤原歌劇団本公演『ルチア』で、12月10日(日)に「ルチア」役を務める坂口裕子氏に、作品への意気込み、その後に控える『夕鶴』について、今後の歌手としてのビジョンやプライベートについても伺いました。

ここ藤原歌劇団で、新しい「ルチア」とひとつになって生ききりたい。

ー今日はまず、12月10日に出演される『ルチア』についてのお話を中心に伺いたいと思います。坂口さんはこの『ルチア』が、『ドン・パスクワーレ』に続いて、藤原歌劇団の本公演では2作目のご出演ですね。2作目を迎えてみて、いかがですか?

『ドン・パスクワーレ』のとき、稽古場に通うのが本当に楽しかったです。喜劇だから、自然と明るくなったということもあるのでしょうが、加えて藤原歌劇団のみなさんが暖かくて。私は初参加だったのに、はじめから仲間のように迎えてくださって、それがすごく嬉しかったんです。指揮も、今回と同じく菊池先生だったのですが、イタリア・オペラの素晴らしさを知り尽くし、イタリア・オペラに生きていらっしゃる方ですので、その菊池先生とご一緒させていただけるということが本当に光栄で。「こんな機会、二度とないかもしれない!」と、プロダクション中ずっと思っていました。それから演出も、ドニゼッティが生まれたイタリアのベルガモ出身のベッロット先生がいらっしゃったりと、もう夢の中に生きているような心地だったのですが、今回『ルチア』の稽古場に向かっているときも、またワクワクしてくるんです。喜劇だから、悲劇だから、というのではなしに、「私、藤原歌劇団でみなさんと一緒に舞台をつくることが好きなんだな」と2作目にしてより感じています。

2016年 藤原歌劇団公演「ドン・パスクワーレ」ノリーナ役(左) 右は折江 忠道

ーワクワクする、ですか!いいですね!

そうなんです。キャストやスタッフが違えばやはりまた変わってくると思うので、「今度はどんな相乗効果が生まれるんだろう」などと考えるのが、とっても楽しいのです。

ー「ルチア」という役は、もう何度か歌われていますか?

はい、小さい劇場ですが、イタリアで3回ほど歌わせていただきました。イタリアでの私のオペラデビューは「ルチア」だったんです、しかもベルガモで。そのあと、日本に帰ってきてデビューさせていただいたのも「ルチア」。そう思うと、「ルチア」は私にとってすごく思い出深く、大切な役だと思います。

ルチアデビュー 2010年1月 ベルガモにて

ーイタリアでも、日本でも、デビューが「ルチア」!これは偶然ですか?

はい、偶然です。ベルガモでのデビューのときは、周りから「ドニゼッティの生まれた町だから、ドニゼッティの作品には評価が厳しいよ」といわれ、どうなることやら、と思いながら演じたものの、それがきっかけでその後声をかけていただけるようになったりもしました。

ー本当に、大切な役なのですね。今回のプロダクションでは、イタリアや日本でこれまで歌われてきた方向性を深めていかれるか、それとも新しいイメージの「ルチア」像をつくってみるかでいうと、どちらでしょう?

新しい「ルチア」をつくってみたいですね。もう1回、一から勉強し直したいなと思います。楽譜を読むたびに、新しい発見ってどんどん出てくるんです。楽譜から得るものには終わりがないと思うので、前に勉強したところにとどまらずに新しい境地へ進んでいくと、自分の中にも深みが出て、役の像も明確に見えてくるかなと。そんなふうにして、より「ルチア」として生きたい、と思うのです。精一杯真摯に「ルチア」を生きて、最後は死にきろう、と(笑)。「ルチア」を生きるには、覚悟がいるなと思います。最近思うことなのですが、そのとき演じている役によって自分の性格も変わるな、と。『ドン・パスクワーレ』の「ノリーナ」を演じていたときは、普段言わないようなことを相手にパーンと言ってしまったりして、自分でも「あれ?!」と感じましたし、「ルチア」のときは暗めで…暗くなりすぎて、周りのみなさんに迷惑かけないといいのですが(笑)。

ー役が、だんだんご自身に染み込んでくるようですね!

そうなんです!もうひとつ最近感じることで、今までは自分が役の人物像へ寄っていこう、寄っていこうとしていたのですが、最近役のほうから寄ってきてくれるような瞬間があるな、と。それに気付けたことは、すごく収穫でした。

ー興味深いですね!どんなときに「あ、今、役が自分に来たな」と感じるのですか?

何回か稽古をしているうちに、ある日「ひとつになった!」と感じる瞬間があるんです。そうすると自分が、自分なのか役なのか分からなくなって。今までいちばん驚いたのは、死ぬ役のときに本当に息をしなくてもしばらく苦しくなかったことです。以前だったら、ワーッと歌ったあとに死ぬと、本当は息があがっていて苦しいけど死んだはずの人があんまりゼーハー息をしていてはいけないと思い、なるべく静かに呼吸したりしていたのですが、そのときは暗転になるまで苦しくなくて。「私、息しないけど大丈夫かな?!」と気付き、あぁよかった、私生きてる、とホッとしたくらいでした(笑)。でも、死ぬ役というのはそのぐらい覚悟がいるな、とも思います。

ーご無事で良かったです(笑)。でも、そのぐらい、役づくりを大切にされているのですね。

『ルチア』の奥深い魅力。大好きな方々と共演できる喜び。

ー坂口さんの思う、『ルチア』の見どころ、もしくは聴きどころはどこですか?

全部です(笑)。ルチアが第3幕2場で死ぬ前に歌う「狂乱の場」って、あるじゃないですか。あの曲、実は、それまでに出てきた色々な場面のメロディーが隠されているんです。まず、前奏。合唱が途切れたあと、フルートが奏でる寂しげな短調の旋律は、第1幕2場で歌うルチアの登場のアリア「あたりは静けさに包まれ」の歌い出しのメロディーを少し変えたものなんです。そのあとしばらく曲が進むと、エドガルドと密会し愛を誓い合った二重唱のメロディーが出てくる。これは分かりやすいですよね。でもね、これで終わりじゃないんです!曲がずっと進んで、ライモンドがルチアにお家のために犠牲になりなさいと追い討ちをかけるアリア「貴方の身内のために」のメロディーは狂乱の場の後半「苦い涙を流して」に変形して現れているように感じます。ルチアって、次々と強烈な感情を体験していくんですよね。まずエドガルドが遠くへ旅立たなければいけないと知って「ガーン!」とショックを受けますが、離れてもお互いに想いあおうと愛を誓いこのうえない幸せを得る。けれどそのあとエンリーコに偽の手紙を見せられショックを受け、さらに教育係のライモンドにも助けてもらえず、結婚のサインをしてしまい、ルチアはエドガルドに誤解され、密かに愛を誓った指輪をエドガルドに捨てられる。ショッキングな体験をどんどん重ねた末に、人を殺して自分も死ぬというところまでいってしまう。「狂乱の場」のアリアは、ルチアがその境地に至るまでの伏線を語ってくれている、走馬灯のような曲なんです。だから、このアリアを味わうために、全部の場面が見どころなのです!

ーなるほど、声楽の技術的な超絶技巧を聴かせる「超難曲」として知られるアリアですが、音楽的な面でもこれほど魅力にあふれていたとは!これは新しい楽しみ方が増えそうです!

よく考えると、作曲家って結構そういうことをしていると思うんですけど、気付きにくい場合って多いじゃないですか。だから発見したときは、思わずドニゼッティに電話したい気分でした(笑)。

ーまさに、「楽譜から得るものに終わりはない」ですね。共演の方々についてもお聞きしたいのですが、今回のキャストのみなさんは初共演ですか?

アルトゥーロ役の曽我雄一さんは、『ドン・パスクワーレ』のときにアンダーで入っていらしたのですが、共演は初めてです。他のみなさんは初めましてですので、すごく楽しみです!

ー楽しみですね!マエストロの菊池彦典さんとはご一緒されたと、先ほどもおっしゃっていましたね。

はい。私、菊池先生の指揮が大好きなんです!ひとつのオペラが始まってから、最後指揮を振り終わるまで、先生は本当にオペラの中に生きていらっしゃる。ですから、また今回も先生の指揮のもとで『ルチア』を勉強させていただけるのは、大変光栄なことです。演出の岩田達宗先生は、ご一緒したことはないのですが、舞台を拝見したことはあって、特に広島で見た『カルメン』などは、大変上品で美しい舞台が印象に残っています。舞台上の人物ひとりひとりにドラマを感じられるのです。ですから、今度は私がその演出の一員になれると思うと、とても嬉しいです。『ルチア』もですし、そのあと兵庫の『夕鶴』でもご一緒します。

ーそうですね、『夕鶴』にも出演が決まっていらっしゃいますね。

はい。初めての日本オペラです。こちらでは、『ドン・パスクワーレ』でもご一緒した佐藤美枝子さんと、またダブルキャストでご一緒できるので、それもすごく光栄ですし楽しみでもあります!

ー「つう」役でのダブルキャストですね。「つう」についての役づくりは、何かもう考えていらっしゃいますか?

「つう」は、姿は人間ですが本当は鶴なので、人間ではないものの持つ「美しくけなげな心」を意識して演じられたらいいな、と思います。

ー人間ではないものの持つ、美しい心。とても魅力的な表現ですね。日本オペラのどのような点に魅力を感じますか?

やはり日本人だなぁ、ということを感じられる点ですね。

ーどのようなときに、日本人だと感じられるのでしょうか?

そうですね、シンプルですが、着物を着るときです。ただ、困ることがいっぱい出てくるんです!日本舞踊のお稽古にも行っていて、なるべく家の中や稽古場へ行くときも着物を着るようにもしているのですが、手を洗うとき袖はどうしたらいいのかとか、寒い日に羽織を羽織ったはいいけど紐はどう結べばいいんだろうとか、急いでいるときに走りにくいとか…ちょっとした動作に疑問がたくさん湧くのです。

ーいかに普段私たちが洋風に過ごしているかに、気付かされますね。

はい。私は小さい頃にバレエを習っていたので、日舞では所作や拍子のとりかたなどがまったく違いとまどうこともあります。でも、日舞の曲は何かの情景を描いたものなので、役として踊るという点ではオペラに通じるものもあると思います。

ーオペラとの共通点があるとは、意外でした!役づくりを大切にされていらっしゃる、坂口さんらしい視点ですね。ありがとうございます。

「なんでだろう?」を大切に。疑問が、自分を進化させてくれる。

ーそれにしても、『夕鶴』のほかにも『ドン・ジョヴァンニ』などへの出演が決まっており、これからどんどんご活躍されると思いますが、ご自身で「こんな歌手になりたい」というイメージはありますか?

そうですね…ひとりでも多くのかたの心に残る歌手でありたい、と思います。実際、何年も前にやった役でも未だに「あのときのあの役はすごくよかったよ!」とお声がけいただくことがあったり、公演のあとに残っていてくださって「よかったよ!」とか「また観に行きますね!」と言ってくださるお客様がいると、その方の心に届き、心に残ったのだなと思えて本当に嬉しくなります。一度、たまたま公演前と後どちらもお会いできた方がいて、公演前は「今日は少し体調がよろしくないのかな?」と内心心配になるようなご様子だったのですが、終演後にもう一度お会いしたら、とても生き生きとしたお顔で「すごくよかったです!」と言ってくださったんです。あのときは、嬉しかったですね!

ー歌は、人の力になるのですね。

はい、「自分の歌にできることがあるんだな」と気付くことができました。ですので、人の心に届いて、明日からの生きるパワーになるような歌を歌える存在になりたいですし、そんなお客様を拝見すると私自身も励まされて「また次もいい歌を歌えるように頑張らなきゃ」と元気をいただけると思うので、そんなふうに成長していきたいと思います。

2016年 藤原歌劇団公演「ドン・パスクワーレ」ノリーナ役

ーその温かなお気持ちの込もった歌が、きっとたくさんの方の心に届いていきますね。楽しみにしています。ところで、坂口さんはオフの時間はどのように過ごされているのですか?

私、寝る前に漫才を聴くんです。むしろ、聴かないと眠れません(笑)。稽古で歌ったり感情移入したりしてアドレナリンがバーッと出てしまうと、そのまま興奮状態が続いてしまうのですが、15分ぐらいの漫才を耳元でかけると、だいたい5分ぐらいで眠れます。

ーそれはトライしてみたいですね!

ぜひ、やってみてください(笑)!エンターテインメントは結構好きで、オペラではない舞台もよく観に行きます。ミュージカルとか、演劇とか。

ーご覧になった舞台は、ご自身のオペラへも活かされていると感じますか?

感じます。たとえば説得力のある素敵な作品を観ているときなどは、「なんで今、よかったのか」と考えながら観るようにしています。本当にいい舞台だと、最後は理性も心も持っていかれて、そんなことは考えていられないですけどね(笑)。でも、「何故?」という視点は大切にしながら観るようにしています。

ー「何故」の視点ですか。

はい。それは、高校生の頃の歌の先生が「常に疑問を持ちなさい、必ず解決の糸口が見えるから」とおっしゃっていた言葉が、未だに自分の中に残っているからなんです。

ー大切な言葉なのですね。

はい。本当に、うまく歌えなかったり表現できない部分について「なんでだろう」とずっと頭に置いておくようにすると、そのうち答えが見えてくるんです。ひとつなくなると、また新しい疑問も出てきて、それをまた解決し、また疑問が湧き、という繰り返しですね。

ー一度にどれぐらいの疑問を、同時に持っていらっしゃるんですか?

平均的に5個ぐらいは持っていると思います。10個を超えると、さすがにちょっと頭がパンパンになりますね(笑)。いいものを観れば観るほど、自分自身に出来ていないことに気付くんです。まず前提として「気付いている出来ないこと」と、「気付いていない出来ないこと」があって、「気付いていない出来ないこと」は考えようがないんですよね。誰かから指摘されたとしても、「そうかなぁ?」と思ってしまう場合もあり、後々自覚した途端に恥ずかしくなります(笑)。舞台鑑賞は、分かっていない自分に、分からせてくれる機会だったりもします。出来ない部分もなるべく受け入れて、疑問を持ち、解決して、進化していかないと!と思います。

聞いてみタイム♪ 今回の質問は、前回お話をお聞きし、『ルチア』では坂口さんの相手役でもある「エドガルド」の西村悟さんから届いています。

ー大アリア(ルチアの「狂乱の場」など)を歌うとき、どんなことを考えていますか?

いつもより、ひとつテンションを上げます。私は、結構緊張して萎縮してしまうほうなんです。本当は、普通にスゥッといけたらいいんでしょうけど、自分で思っているよりも一段階思いっきりいくと、スルスルっとうまくいくんです。それが、私にとって共演している周りのみなさんと同じ「普通」の状態なんでしょうね。

ーそれは、どんな大アリアを歌うときもそうですか?

そうですね。もちろん固くならないように、でも気持ちをひとつ上に持っていく。自分を奮い立たせる、という感じでしょうか。萎縮するのは簡単なことですし、やっぱり見せないようにしようと思っていても、見えてしまうんですよね。それと、アリアってその人物の感情を吐露するじゃないですか。だから、他の誰も助けてくれない、と言ったら語弊があるかもしれませんが、とにかく素の自分に戻らず、自分がその人物としてしっかりしていなければいけないんです。喜劇のときも、悲劇のときも。だから、「よし!」と腹を決めるのです。

ー気持ちをひとつ上に、というのは、どんな感覚なのでしょうか?

うーん、とにかく、頭では考えないようにしますね。頭で考えては絶対できないんです。心で、それも役としての心のまま、感覚的に持っていく。「考える」というより、「感じる」というほうが近いかもしれませんね。

ーなるほど、イメージしやすくなりました!お話、ありがとうございました。

取材・まとめ 眞木 茜

坂口 裕子

ソプラノ/Soprano

藤原歌劇団 正団員 日本オペラ協会 正会員

出身:兵庫県

愛知県立芸術大学卒業、卒業時に桑原賞受賞。京都市立芸術大学大学院修了、大学院賞受賞。平成20年度文化庁新進芸術家海外留学制度在外研修員。イタリア・ミラノ・G.ヴェルディ国立音楽院を最優秀でディプロマ取得。第37回イタリア声楽コンコルソ入選。2007年ミラノ・G.ヴェルディ国立音楽院ASSAMI声楽コンクール第3位。08年イタリア・リッソーネ市音楽コンクール優勝。
08年スイスにてティチーノ・ムジカ オペラスタジオにて「ブルスキーノ氏」のソフィアを好演し、同役をヴェルディ国立音楽院でも演じる。10年ベルガモ市のチルコロ・ムジカーレ・マイール・ドニゼッティ主催「ランメルモールのルチア」のタイトルロールでデビューし、同主催オペラで「愛の妙薬」「リゴレット」「椿姫」「ノルマ」「ラ・ボエーム」「ドン・パスクワーレ」「アルジェのイタリア女」「奥様女中」「連隊の娘」「夢遊病の女」のアミーナ等多数出演。
2016年藤原歌劇団に「ドン・パスクワーレ」のノリーナでデビュー、今回「ルチア」で2度目の登場となる。また、来年3月には兵庫芸術文化センター/日本オペラ協会共同プロダクション「夕鶴」のつうに出演が決まっている。
平成26年度坂井時忠音楽賞受賞。ジャバテル・サウンド・オペレーションズより支援を受ける。藤原歌劇団団員。兵庫県出身。

公演依頼・出演依頼 Performance Requests
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