名作コミック『ガラスの仮面』の中に、幻の戯曲として描かれる《紅天女》。そのなかの仏師・一真役を務めるのは、原作ファンの方の期待値が高いだけに、ハードルも高い。けれど、自分自身も舞台に立つ身として、大いに惹きつけられた役であり、セリフであり、ドラマがある。お客様の期待を満たせるように頑張りたい。心理描写や言葉を大切に、お客様へ瞬時に伝わるような表現を心がけながら、初の試みがたくさん詰まった“スーパーオペラ”を共演者やスタッフの方々とつくりあげたい。「一流を目指したい」と目覚めたあのイタリアでの衝撃や、おいしい料理をつくりながら過ごす休日を糧に、さらなる成長へとつなげていきたい。
今最も旬なアーティストのリアルな声や、話題の公演に関する臨場感あるエピソードなど、オペラがもっと楽しめること請け合いの情報をお届けするコーナー「CiaOpera!」。第37弾は、日本オペラ協会公演のスーパーオペラ『紅天女』に、1月11日・13日・15日の仏師・一真役としてご出演の山本康寛氏。国民的な人気コミックが原作の本公演に臨む意気込みや、一真の役づくり、共演者のお話や本作が“スーパーオペラ”たるゆえんなど、そしてロッシーニ・フェスティバルに参加して受けた大いなる刺激や、お料理男子としての一面なども伺いました。
お客様の期待も、ハードルも高い。だからこそ、自分もワクワクしている。
ー今回は、2020年1月11日より上演される、日本オペラ協会公演“スーパーオペラ”『紅天女』にて、仏師・一真役を務められる山本康寛さんにお話を伺います。本オペラは、大人気コミック《ガラスの仮面》のなかで、舞台に情熱を注ぐ主人公たちにとって憧れの、“幻の名作”として描かれる戯曲『紅天女』が原作となっていますね。山本さん、さっそくですが、この注目の公演にのぞむにあたっての意気込みをお聞かせいただけますか?
この作品は、原作がコミックであるということが、オペラというものへの間口を広げてくれていると感じます。ですが、これだけの人気作品ですので、観に来てくださる方々の期待値はすごく高く、そのぶん演じる側のハードルもかなり高いと思うのです。ですので、ちゃんとお客様の想像している世界を満たせるような舞台にしたいと思います。
ーそうですね、人気作品ならではの難しさもありますよね。
はい。少女漫画だったこともあり、僕はオーディションを受けるにあたって初めてこの《ガラスの仮面》を読んだのですが、題材が「舞台の表現者たち」ということで自分にとってもグッと心に刺さる表現がたくさんありましたし、『紅天女』についても「これは面白い!」と感じました。同時に、お客様にも舞台がお好きな方や、舞台関係の方などがいつも以上にいらっしゃるかもしれないと思えて、自分のなかでどんどんハードルが上がっています(笑)。実際、今回ヒロインの阿古夜×紅天女を演じる小林沙羅さんと笠松はるさんは、舞台を目指すきっかけのひとつになった作品であると話されていました。
ーなるほど、山本さんも魅力をお感じになったのですね。舞台を目指す方にとってはバイブル的な作品ともいわれるだけありますね。山本さんは、今回の仏師・一真役をオーディションで射止められたとのことで、まさに『ガラスの仮面』のようですが、この役を受けてみようと思われたきっかけは何でしたか?
今回のマエストロ・園田隆一郎さんとは、先日の藤原歌劇団本公演『ランスへの旅』をはじめ、もう何度も一緒にお仕事をさせていただいているのですが、その園田さんがやはり指揮されるということで興味を持ちました。周りからも「受けてみたら?」という勧めがあり、それを機に原作を読んだところ、こんなに舞台のことがよく描き込まれた作品なことにとても惹かれ、「これはぜひやってみたい!」という思いがどんどん強くなったのです。原作は演劇、僕はオペラではありますが、「舞台」という大きなカテゴリーで見たときに、自分でも感じたことのある思いや出来事もたくさん描かれていて、とても好きになりました。個人的に、原作で好きな登場人物は「源造さん」です(笑)。
ー源造さん、演技がとてもいいですよね(笑)。では、「舞台」という切り口で共感する部分が多かったのですね。今回のこの一真という役、実際に舞台で表現するにあたってはどういう人物像にしようとイメージされていますか?
そうですね、まず常識もあって、とても人間らしい人。けれど、人間の汚れたところを目にしてしまったとき、“人間”というものを諦めてしまったりもする。ある意味、とても素直で裏表のない、自分が信じたことをやっている人という印象を抱いています。仏像を彫る仏師という仕事も、はじめは与えられた仕事としてやっていながらも仏像のことは神聖なものだと思っていた。けれど、神聖に扱われていない仏像もあるということを知ったときに、表面上は良く見せていてもその裏は違うという人間の黒い部分を見過ごすことができずに、自分がやっていたことは意味のないことなんだ、と人間的であることを諦めきってしまい、一度野盗にまで堕ちる。それで人から金品を奪って「楽しく暮らせばいいんだ」というふうに生きてみるけれど、やっぱり仏を彫っていくのですよね。 南北朝時代という、人の死というものがとても近い時代だからこそ、身近であるがゆえに消えてゆく命に対して「何か自分にもできることがあるのではないか」と心の底では思っているのかもしれません。自分の行動に対して強い自信を持っているわけではないけれど、心に強い芯は持っている、そんなキャラクターだと思います。原作にもあって、今回の台本にも書いてあるのですが、「死ねば恋が終わるとは思わぬ」というセリフがお気に入りです(笑)。作中、マヤたちが心動かされるセリフで、これを聞いてとても驚いたようですが、僕は驚くというよりなんだかストンと腑に落ちました。もしかしたら、恋愛観は近いのかもしれません。
ーそうかもしれませんね。腑に落ちたということは、一真と通じ合うものがあるのだと思います。山本さんの一真、楽しみです。
すべてがスーパーな日本オペラで、お客様に瞬時に、ダイレクトに伝わる表現を。
ーこの《紅天女》、音楽的にはどのような特徴があるでしょうか?
音楽は、きっと皆さんに届きやすい、聴きやすいものになっていると思います。でも、“声で聴かせる”というオペラとしての楽しみも備わっていて、僕自身とても面白い作品だなと楽しんでいます。もちろん届きやすいとはいっても、演技でも音楽でも見せ方に工夫は必要なのでしょうが、そのあたりは演出家の馬場紀雄さんとのディスカッションだったり、人間国宝でもいらっしゃる能の梅若実玄祥さんの振付であったり、そういったことを重ねてつくりあげていければと思います。馬場さんとは今回初めてお仕事をご一緒するのですが、前回の『静と義経』を拝見して、心から「あぁ、きれいだな!」と感じました。今回、どういう切り口で演出してくださるかがとても楽しみです。
ー馬場さんの美しい演出と、梅若実さんの振付。見応えたっぷりの舞台になりそうですね。作品の見どころや聴きどころは、どんなところでしょうか?記者会見で披露された、一真のアリアもありますよね。
はい。あのアリアはまさに物語の転換点です。シーンとしては、一真が記憶を無くしているのですが、人と人が争う惨劇を見ることをきっかけに、千年の梅の木で天女像をつくり世界を平和にする天命を思い出すのです。梅の木=阿古夜と知り、禁足地に向かう山場の場面なのでとてもいいシーンにアリアがあるなと思っています。紅天女の場面も壮大です。そもそも彼女が梅の精であり、風とも話し、土とも対話し、というような広い世界観を背負った女性だからなのでしょうが、音楽もそれを表現していると思います。あとはやっぱり、この《紅天女》という作品がオペラになった、ということ自体がそもそも見どころといえると思います。
ー確かに、それはそうですね!オペラ的でありながら聴きやすい音楽で、 それぞれの登場人物が投影されたアリアを楽しめるという。
はい。ちなみに先ほどお話しした僕のアリアから後が、原作に描かれておらず、ファンの方が「どうなるんだろう?」と気になっている場面になります。なので、ちょっと詳細は話せませんね(笑)。
ーそれは、ぜひ見てのお楽しみですね!ところで、先ほど演出の馬場紀雄さんと今回初めてご一緒されるというお話もしていただきましたが、共演者の方々はいかがでしょう?みなさん、初めてご一緒されますか?
ご一緒したことがあるのは長老役の三浦克次さんと、こだま役の飯島幸子さんぐらいで、あとのみなさんは初めましてです。お会いしたことのある方もいらっしゃいますが、オペラの舞台で共演するのは初めてですね。
ーそうなのですか!
今回、「すべて垣根なく公募」という形でキャスティングされていて、普段所属している団体やジャンルに関わらず、オーディションを受けられた方々なのです。これは、日本オペラ協会としても初の試みということで、その点でも今回は“スーパーオペラ”といえると思います。
ーなるほど!コミックが原作の作品をオペラ化すること、お客様の気になる全貌が描かれること、垣根なく広く公募されたキャストであることなど、新しい試みがたくさん詰まっている。それが“スーパーオペラ”たるゆえんなのですね。一方、指揮者の園田隆一郎さんとは、先ほどもよくご一緒されているとおっしゃっていましたね。
はい。僕は大学院を卒業したあと、最初は滋賀県のびわ湖ホールに所属したのですが、「青少年オペラ劇場」という企画で、日本語上演の『魔笛』のときに初めて園田さんとご一緒しました。でも、そのときはもちろんご挨拶はしたのですが、その後あるとき、僕が練習室でロッシーニのオペラアリアを練習していたら、部屋に園田さんが入っていらして「それ、『セミラーミデ』のアリアだよね」とおっしゃったのが、僕としては衝撃的な園田さんとの“出会い”でした。僕はロッシーニが好きでよく歌っているのですが、残念ながらあまり知られていない作品が多く、それまではレッスンに持っていっても大抵「へぇ、初めて聴くけどいい曲だね!」といわれていたので、園田さんは僕にとって貴重な“ロッシーニ仲間”と思っています。
ーロッシーニがつないだ園田さんとのご縁だったのですね!それにしても、山本さんは今回日本オペラ協会の作品に出演されるのが初めてと伺いました。日本の作品と、これまで多く歌われてきたヨーロッパの作品で何か違いを感じますか?
ひとつは、ちょっと難しい話になってしまうかもしれませんが、「韻律」があると思います。平たくいうと、言葉の長さやイントネーションなど。日本語は、もちろん西洋とは違う音感の言葉で、それが音楽にも表れている気がします。「五七五」のように、音符も五連譜や七連譜が多く登場する印象です。あと日本語って、1音減らすだけでかなり情報量が変わってしまうなとも思います。同じ言葉でも音を伸ばすか縮めるかで意味が変わってくるし、さらに敬語や方言になる場合もある。日本語で歌っているはずなのに日本語に聞こえなくなってしまう恐れもあり、いろいろと工夫が必要な点が難しいと感じます。けれど、自分の母国語で音楽を伝えるということはとても意義のあることだと思いますし、絶対に続けていかなければいけないなと。そして、日本語に聞こえるように歌うということは僕たちの仕事でもあるので、もちろん多くの場合、字幕も付いていますがお客様が字幕を見なくても歌詞を聞き取ることができ、僕の表情やしぐさから目を離させず、物語に引き込めるように歌いたいです。
ーなるほど、まずはやはり言葉と音の関係性に違いを感じ、意識して取り組まれているのですね。
でも、言葉を伝えるっていうことはどの音楽でも大切で、その点では日本の作品だから、西洋の作品だから、という違いはないように思います。どの言語でも、その歌詞を自分でもきちんと理解してお客様に届くように歌いたいですし、その歌を聴いた瞬間に、できるだけタイムラグがなく、お客様の目や耳や心にこちらの表現が伝わるということが大事だと思っています。
ーまさに『ガラスの仮面』のなかに登場しそうな言葉ですね!
そうかもしれません(笑)。
イタリアで目覚めた「一流」への思いと、休日のお料理男子。
ーところで、普段多く歌われている西洋作品のことについてもお聞きしたいのですが、山本さんはイタリア・ペーザロ市のロッシーニ・フェスティバルにもご参加されたことがあるのですよね。3回ほど前のインタビューで、小堀勇介さんと中井奈緒さんからも、ご一緒だったとお話しを伺いました。
はい、そうですね。一緒に参加しました。世界中からロッシーニを勉強したい歌い手が集まってきていて、それもオーディションを受けて参加するのですが、日本人は1人いるかいないかで、小堀さんたちも含め3人も合格するのはとても珍しいことだったようです。今でも小堀さん、中井さんはあのときの同期であり、同志だなと思っています。あのつらかった思い出を共有しているという(笑)。
ーつらかったのですか!どういう点でつらさを感じられたのですか?
ロッシーニ・フェスティバルに参加するために、まず「アカデミア」と呼ばれる講習会に参加して勉強するのですね。僕が当時最年長で34歳、かたや若い子は21歳ぐらい。その20代前半の若者たちが、ものすごく上手いのです。単に「いい声だね」「上手だね」という領域ではなく、かなり細かい点まで綿密に詰めた、純度の高い歌を歌うといいますか。「あ、この子たちは、この年齢から劇場に立つ事を意識して練習をしているんだ。」と感じてしまうような、そんなカルチャーショックのようなものが印象的でした。それって、僕が21歳だった頃には考えられなかったことで。若くても、この先、力を伸ばして舞台に立っていくというビジョンがしっかり見えていて、甘えなく音楽づくりをしている姿を見て、「自分も、あと数年早くこの域に来ていれば!」と悔しいやら恥ずかしいやらでした。あれは、“世界”を見ましたね。だから、日本でも若い人たちになるべくその話をするようにしています。「世界はすごいよ!ビジョンの持ち方が大事だよ!」と。
ーとても印象的だったことが伝わります!そこがあって、今の山本さんがいらっしゃるのですね。さて、話はまたがらりと変わりますが、そのように勉強も続けられて、舞台でも活躍されてとご多忙な山本さん、オフの日はどう過ごされているのですか?
そうですね、歌い詰めでいて迎えるオフの日は、やっぱり喉や体力をいかに回復するか?になってきたりもするのですが、自分はまだまだだし、一流になりたいということは常に思うので、体に負担をかけない程度に練習することもよくあります。って、ぜんぜん面白くないですね(笑)。
ーいえいえ、素晴らしいと思います!
あと、趣味といえるかどうかわかりませんが、好きで料理はたまにつくります。基本的には妻がつくることが多いのですが、時間があるときには「あ、ちょっと疲れているからニンニクでも食べよう」とペペロンチーノをつくってみたり。
ーペペロンチーノって、シンプルに見えて、いざつくると難しいのですよね!
そうなんですよ!大学時代、イタリアンでバイトをしている同期がいたので食べに行き、どうしてもペペロンチーノが食べたかったので頼んだら、あまりのおいしさに衝撃を受けまして。思わず「材料は何を使っているんですか?」「どうつくっているんですか?」と質問しましたが、返事はいたってシンプルで、でも自分では同じ味がつくれない。動画サイトでいろいろ検索してみたり、イタリアでも食べましたが、あの友人のイタリアンで食べたときのおいしさには未だにたどり着けないのですよね。あと、夜眠れなくてホワイトソースをつくり始め、そのままグラタンに移り、深夜にグラタンができたということもありました(笑)。
ーすごいですね!それは、思いつきでつくり始めるのですか?
そうですね、「あ、ホワイトソースつくろう」という感じです(笑)。まぁ本当に、時間があるときにですけれど。ペペロンチーノでも、グラタンでも、あとはハンバーグでも。自分のなかで、「この料理だったら、こうつくれば絶対においしくできる」という自分流レシピが決まっていくのが楽しみなのです。
ーそうなのですね。なんだか、オペラの役のレパートリーのようですね。
そうかもしれません(笑)。「この役だったら、こういう心理で、こう歌っていこう」というような組み立ては、似ているかもしれません。
ーこうした休息のひとときが、また次のパフォーマンスへとつながっていくのですね。お話ありがとうございました!
聞いてみタイム♪
アーティストからアーティストへ質問リレー。
伊藤貴之さんから、山本康寛さんへ。
ーさて、恒例の、歌手から歌手への質問コーナー「聞いてみタイム」です。今回は、前回の伊藤貴之さんから、山本康寛さんへのご質問です。
ーこれからどんな歌い手になりたいと考えていますか?
難しい質問ですね!うーん…でも昔から絶えず思っていることがひとつあり、それは、聴く人の心が動かせるような歌い手になりたいということです。泣いてもいいし、笑ってもいいし、興奮でもいいのですが、とにかく「感情が揺さぶられたな!」と感じていただけるような、そんな歌い手になりたいとは思っています。
ー純粋にそこを目指されている、その姿勢が素晴らしいと思います。音楽の本質ですよね。
ありがとうございます。先ほどの「一流になりたい」という思いもそうですが、一流になって、じゃあどうしたいのかといえば、「人の心を動かしたい」。一流であればこそ、感動や興奮といった、人の心を動かすことも叶いそうだと思っていて…そんなところを目指していきたいです。
ー高く見据えた目標、お話しくださってありがとうございます。
取材・まとめ 眞木 茜
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