「ラ・チェネレントラ」のクロリンダ役の魅力やアンサンブルの一体感を共演者と共に伝え、国内外で学びを重ねていきたい。
「ラ・チェネレントラ」のクロリンダは、アンジェリーナと対峙する義姉だが、深く掘り下げるととてもポジティブで人間的。貴重なアリアとともに彼女の面白さを表現し、共演者と素晴らしいアンサンブルを作り上げ、お客様にお届けしたい。ピアノから始まった音楽キャリア、けれど不思議な流れで歌の楽しさに目覚め、歌い手の道へ。学生時代、そして国内外のマスタークラスなどへ積極的に参加して学びを深め、今後はイタリア留学も見据えている。なりたいのは、オペラを通して世の中にメッセージを発信できる、長く舞台に立てる歌い手の姿。
今最も旬なアーティストのリアルな声や、話題の公演に関する臨場感あるエピソードなど、オペラがもっと楽しめること請け合いの情報をお届けするコーナー「CiaOpera!」。第54弾は、2024年4月27日(土)・28日(日)に上演される藤原歌劇団創立90周年記念公演「ラ・チェネレントラ」にご出演の米田七海氏。クロリンダ役やロッシーニのオペラに臨む意気込み、共演者とのエピソード、ご自身のこれまでの歩みやこれからの展望を語っていただきました。
クロリンダは、意地悪なだけではない人間味溢れる女性。
ー今回は2024年4月27日(土)・28日(日)に行われる藤原歌劇団創立90周年記念公演「ラ・チェネレントラ」について、お話を伺っていきたいと思います。米田さんは、28日にクロリンダ役で出演されますが、この役を歌うのは初めてですか?
そうですね。そもそも今までロッシーニの作品自体、あまりご縁がなかったこともあり、初めてです。ロッシーニのオペラアリアをピースで勉強する機会は、最近もあったのですけれどね。去年末にロッシーニ・オペラ・フェスティバルの総監督であるエルネスト・パラシオさんが日本にいらして、マスタークラスを開催されたので、そこに参加した時にアリアを何曲か歌いました。けれど、全曲通してのオペラに参加するのは、この作品が初めてです。役も強烈ですし、歌うにはかなり技術が求められるので、自分にとって挑戦だと感じています。
―そうなのですね!クロリンダという人物は、どのように強烈なのでしょうか?
クロリンダは、自分の目的に向かって突き進む、強い意志を持った女性という印象です。一方で、愛されて育ってきたのだろうなという部分も、歌詞の節々に表れている気がします。ティーズベという妹がいますが、彼女よりもさらに前向きで自惚れが強い性格かもしれません。今回、普段カットされることの多いアリアを歌うのですが、その曲がすごくクロリンダらしくて面白いです。出だしは、自分がこれまで下に見てきた“チェネレントラ”ことアンジェリーナが王子様と結婚することになって、絶望に打ちひしがれるところから始まります。でも、そのあと「何よ!」と立ち直っていくところが、すごくポジティブで、羨ましいくらいです。珍しい曲であると同時に、魅力的な曲ですね。「チェネレントラ(シンデレラ)」というストーリーの中での彼女は、意地悪で嫌なイメージも持たれがちなのですが、それでもよく接してみると親しみやすい部分もあり、人間味が溢れるキャラクターだなと思います。
―普段カットされがちな、クロリンダのアリアが聴けるのですか!貴重ですね!役のポジティブさは、ご自身と似ていらっしゃいますか?
すごく似ているかというと、どうでしょう(笑)。でも、例えばアンジェリーナに対する嫉妬の気持ちだったり、ずっと信じてきたものが崩れた時のショックだったり、誰しもが持っている感情を彼女も持ち合わせていると思っていて。だから、自分にも人生の中で似たような経験もあるなと思えて、共感する部分は多いですね。クロリンダが、彼女の父と一緒になってアンジェリーナのお金を使い込み、それがバレてしまうというシーンがあります。そのとき、「私にはまだ希望がある。まだ若いから、男なんてすぐに捕まえられるわ」と歌の中で言い放つのです。普通だったら、そんな風には思えないですよね。その前向きさというか、めげない心は、ある意味尊敬しています。
―確かに、強烈なキャラクターの一面がうかがい知れました。ちなみに、先ほどの貴重なアリアがあるのは、オペラのどの場面ですか?
第二幕のアンジェリーナと王子様の結婚が決まった後なので、最後の方です。かなり難しく技巧的なアリアなので、たくさん練習が必要です(笑)。その大変さを感じさせることなく、お客様にくすくすと笑っていただけるように、しっかり準備していきたいですね。
―楽しみですね。作品全体を通しての見どころも伺えますでしょうか?
そうですね、やはりロッシーニのオペラはアンサンブルが素晴らしいです。登場人物も多いですし、合唱も入りながら重唱が繰り広げられるので、みんなでひとつの音楽を作り上げているという一体感を感じられます。重唱はたくさんあるので全部お薦めしたいところですが、個人的に好きなのは一幕フィナーレです。序曲に出てくるメロディーがまた違う形で聞こえてきて、歌を伴って演奏されるので面白いです。
“ロッシーニ・クレッシェンド”という特徴的な部分もありますし、本能から湧き上がるような、思わず踊り出したくなるような音楽を楽しんでいただけたらと思いますね。
―それは、アンサンブルはもちろん、序曲も必聴ですね!
奇跡のような不思議な縁で、ピアノから一転、歌の道へ。
―共演する皆さんについてもお伺いします。今回は、初めて共演の方が多いですか?
いえ、ご一緒させていただいたことのある方が多いですね。同じ組では、妹のティーズベ役を歌われる髙橋未来子さんが初共演です。大学の先輩で、お話ししたことはあるのですが、きちんと共演という形は初めてなので楽しみにしています。
ドン・ラミーロという王子役の荏原孝弥さんは、藤原歌劇団が開催した「ベルカントオペラフェスティバル イン ジャパン 2022」でご一緒し、修了公演で「パリのジャンニ」というドニゼッティ作曲のオペラに臨んだのですが、その時に私は第二幕のプリンチペッサ役、荏原さんも同じ幕の王子役でした。素晴らしい歌声ですし、すごく気さくな方で、稽古外の時間でもたくさんお世話になりました。
―そういった方がご一緒だと、心強いですね。指揮の鈴木恵里奈氏や、演出のフランチェスコ・ベッロットさんとはいかがですか?
お二人とは初めてご一緒します。鈴木さんの指揮は、コロナ禍の「カルメン」や、「蝶々夫人」をアーカイブで視聴しました。これだけ広くご活躍されている方の指揮で演奏できるのはとても光栄です。
ベッロットさんも初めてご一緒するのですが、2018年に新制作されたこの公演の演出は、私が大学3年生の時にお客さんとして見に行きました。大学の先生である柴山昌宣先生がドン・マニーフィコ役で、先輩の横前奈緒さんがクロリンダ役で出演されていたのを覚えています。その時は、自分がこうしてその舞台に立てるとは思いませんでした。
―それは、素敵なエピソードですね!心強いメンバーと共につくる「ラ・チェネレントラ」の舞台、楽しみにしています。話は変わりますが、元々小さい頃から歌い手を目指そうと思われていたのですか?
いえ、私は高校2年生までずっとピアノをやっていたのです。音楽高校だったのですが、ピアノで入学しました。いずれはピアノの先生とかになるのかな、と思っていたような気がします。その高校に「オペラ研究部」というのがあって、声楽の友達が入ったのですが、私も入る部活がなかったから、じゃあ伴奏で入ろうと。すると、先輩たちが卒業した後に歌い手が足りないということになりまして、私も歌ってくれといわれたのです。学校の文化祭で「フィガロの結婚」のケルビーノ役を初めて人前で歌い、それが私にとってのオペラの始まりになりました。レチタティーヴォをセリフにして演技するのも、すごく楽しい経験で。それを見ていた声楽の先生が、じゃあ歌やってみる?と声をかけてくださったのです。ちょうどその時ピアノが思うように弾けず、あまり好きではないと感じるようになってしまった時期だったので、歌の方が楽しいから歌っちゃえ、という勢いでしたね(笑)。
―それは驚きの経歴でした!結果的に楽しかったと思うのですが、最初に歌ってと声かけられた時に抵抗などはなかったですか?
全くなかったです。「オペラ研究部」でみんなとオペラを作り上げて、演じ歌うということにいつの間にかのめり込んでいたのですね。今考えるとお遊びみたいなものでしたけれど、すごく楽しくて。忘れられないですね。あれがなかったら、絶対声楽を志してはいなかったなと。それまで全く歌に興味はなかったのですけど、不思議な成り行きですよね。この世界は合唱から入る方も多いですけど、私の場合はそのような訳で最初からオペラが入り口だったのです。
―本当に不思議ですね!そのまま、進路は音大で声楽科に進もうと決めたのですか?
そうですね。それが高校2年生だったので声楽科を受けるための準備期間も短かったのですが、1年間ご指導くださった高校の歌の先生が「オペラを勉強するのだったら昭和音楽大学がすごくいいよ」と勧めてくださって。学園祭にも行って雰囲気がとても良かったので、昭和音楽大学に進むことになりました。そこでついた先生が、藤原歌劇団現総監督の折江忠道先生だったのです。今考えると、奇跡的なご縁ですよね。
―どんどん繋がっていきますね!そこから、折江先生のおすすめもあって藤原歌劇団へ?
もちろん先生も応援してくださったのですが、それだけではなく学生として通っているときから藤原歌劇団が身近にあったのです。大学でオペラ公演をやるときに、藤原歌劇団でつくられた舞台セットを使わせていただいたり、演出家のマルコ・ガンディーニ氏が毎年大学オペラも演出してくださったりしていたので、自然と藤原歌劇団に入りたいという思いが芽生えました。
―自然な流れだったのですね。大学時代に、歌ってみて印象的だった役や歌はありますか?
大学院の修了公演で演じた、「ドン・パスクワーレ」のノリーナですね。大学院では、演出家の松本重孝先生と岩田達宗先生のオペラ演習で、お二人にご指導いただき「オペラってこういうものなんだ!」というのを体の底から感じました。自分の未熟さも含めて、とても勉強になった公演でした。勉強ということで、できるだけ自分で考えさせていただける演出だったのですが、作品の時代背景や、その時代の人々の考え方などいろいろな角度から研究していくうちに、今までアリア単体でイメージしていたノリーナとは全然違う人物像になりました。思っていたよりもずっと、ノリーナはみんなのヒロイン、というよりヒーローなのだと感じました。それが分かったらすごく楽しくなり、大好きな役になりましたね。キャラクターを深掘りしてくっきりさせていくという過程も面白く、他の様々な作品の役に対しても可能性を感じられました。
意思を持って、伝えるオペラを。国内外での学びの先に見据えるもの。
―米田さんは、国内外のマスタークラスやアカデミーにも積極的に参加されていますね。
そうですね。本当に多くの周りの方に導いていただいて、偶然のご縁も多く、私はすごく運のいい人間だなと思い、ありがたいです。思い出深いのは、昨年4月にパリで参加した、バリトンのトーマス・ハンプソンさんやソプラノのスミ・ジョーさんが講師をされていたマスタークラスです。
―世界的に活躍されている歌い手のお二人ですね!どのようなきっかけで参加されたのですか?
それこそ、先ほどお話しした「ベルカントオペラフェスティバル イン ジャパン 2022」がきっかけでした。カルメン・サントーロ氏がそのマスタークラスの芸術監督を務めていたのですが、稽古などで私の声を聞いて「ナナミをパリのアカデミーに連れて行こう」と言ってくださって。それで、突如参加が決まり、1週間半という短期間ではありましたがパリに行くことができました。コミュニケーションは基本的に英語で、中学以来の英会話という状況にあたふたしてしまいましたが(笑)。でも、世界中から集まった歌い手の皆さんと、音楽を通じて、言語を超えた繋がりができたように思います。あと、同世代の歌い手の方たちの意識に圧倒されました。反省する部分がたくさんありましたし、「自分には何ができるんだろう」と考えるきっかけにもなりました。短い中でもすごく濃厚な、勉強になるひとときでしたね。
―自分を改めて見つめる機会になったのですね。先生方に言われたことで、印象的だった言葉はありますか?
そのアカデミー自体がOpera for Peaceという、オペラが平和のためにできることを考えるという目的を持った育成団体なので、講義もそのような内容が中心でした。トーマス・ハンプソンさんも、スミ・ジョーさんも、世界の問題を深く考え、真摯に向き合っていらっしゃる姿が印象的でした。アカデミー期間はハンプソンさんがオペラ「ニクソン・イン・チャイナ」に出演されていた時で、「このオペラを通して、自分は世界に伝えられるメッセージがあると思うんだ」とおっしゃっていて。先生から、意思を持ってオペラに取り組むことの大切さを教えていただいたのはとても印象に残っています。考えてみると、オペラ自体、誕生した当時は政治にすら影響する作品がいくつもあり、世の中を変える可能性のある物だった。そうした意義があって作られたものが現代まで残っているということは、 今の時代のお客様の心にも届けられる何かがあるはずなのですよね。それを思いながらオペラで演じることは、素敵なことだなと感動しました。
―オペラをやることの先に何をしたいか、を見据えていらっしゃるのですね。その他、海外に行かれるご予定はありますか?
実は、今年の7月からイタリアのペーザロに1ヶ月半くらい行くことになりました。
―ペーザロですか!その経緯もお聞きできますか?
はい。去年の12月まで参加していた、日本オペラ振興会主催のエルネスト・パラシオ氏による新進歌手育成のマスタークラスがきっかけで、ロッシーニ・オペラ・フェスティバルのアカデミア・ロッシニアーナで勉強する権利をいただきました。ありがたいことに選んでいただけたので、イタリアへ行かれた先輩方にお話を聞いているところです。ソプラノの楠野麻衣さんや、大学の先輩でメッゾ・ソプラノの杉山沙織さんも行かれていました。今度こそ、最近まで身近に触れていたイタリア語でのコミュニケーションになるので、今必死に勉強し直しています。詳しいことはまだ分かっていないのですが、修了公演で『ランスへの旅』をやるのが慣例だそうで、またロッシーニとのご縁が続きそうです。
―それは楽しみですね!この先、どういう歌い手像を目指していらっしゃいますか?
一番は、やっぱり長くオペラの舞台に立てるような歌い手になりたいです。また、私は岩田達宗さんの演出がとても好きなのですが、それは、演出に世の中に訴えかける何かを感じられるからだと思っています。私も、メッセージを発信していく歌手であり続けたいな、と。意思を持って取り組んでいくと、自然と伝わるものが生み出せると思うので、信じて頑張っていきたいです。
―素晴らしいです。具体的に歌ってみたい役や作品はありますか?
そうですね、たくさんあるのですけれど、かっこいい女性の役はやりたいですね。例えば、大学院時代に演じた「ドン・パスクワーレ」のノリーナは私にとってその最たる例です。あの時は抜粋版でしたので、いつか全幕歌ってみたいですね。
―きっとすぐチャンスは来ますね!これからのご活躍、お祈りしています。
聞いてみタイム♪
米田七海さんに、ちょっと聞いてみたいこと。
―恒例の番外編コーナー「聞いてみタイム♪」がやってきました。サイコロを振って、出た目に書かれている質問に答えていただきます。
1.最近ワクワクしたことは何ですか?
最近、ペーザロ留学のためにイタリア語会話を勉強し直していまして。毎日アプリを使ってやっているのですが、日本にいるイタリア人の友達ができて、話を聞いているとすごくワクワクするのです。4月から日本で就職する話とか、日本に対する愛の深さとかを聞いていると楽しいですし、留学に向けてイタリアの事情も教えてくれますね。今度、ラーメンを食べに行こうという話にもなっています(笑)。
―それは、まさにワクワクするお話です!ありがとうございました!