多くのお客様が一度は耳にしたことがあるであろう「ラ・トラヴィアータ」。今回、ヴィオレッタ役のオーディションで選ばれ、藤原歌劇団公演デビュー。自分にとって、とても大切な役であるヴィオレッタで藤原歌劇団本公演デビューを迎えられることがとても嬉しい。彼女の人生の最後を見たと思っていただけるように演じたいと語る彼女に密着。
今最も旬なアーティストのリアルな声や、話題の公演に関する臨場感あるエピソードなど、オペラがもっと楽しめること請け合いの情報をお届けするコーナー「CiaOpera!」。第62弾は、2025年9月5日(金)・6日(土)・7日(日)に上演する藤原歌劇団公演「ラ・トラヴィアータ」に、ヴィオレッタ役で出演する田中絵里加氏。藤原歌劇団デビューへの意気込みや、イタリアでの生活、彼女にとってのヴィオレッタなど、幅広く語っていただきました。
イタリア在住の彼女が語るイタリアでの生活とは
―イタリアでの生活を教えてください。
イタリアでもオペラ歌手としてコンサートやオペラに出演しています。また空いている時間にイタリア人に日本語を教えています。最近ランニングにハマっていますね。夕方涼しくなってから走るようにしています。
―普段はイタリアのどちらに住んでるんですか?
ブレーシャという街に住んでいます。ブレーシャはミラノとヴェローナの中間ぐらいにある北イタリアの街です。この街をすごく気に入っているのは、ある程度の都会ですが、周りに自然がたくさんあるところですね。
ヴェローナとブレーシャの間には、ガルダ湖というイタリアで一番大きい湖があります。またベルガモとブレーシャの間にはイゼオ湖があります。夏の湖は観光地としてもとても有名です。 特にドイツ方面からいらっしゃる方は車に荷物をいっぱい積んで来て2週間ぐらい滞在します。私は夏には日帰りで湖に行って、日光浴をしたり泳いだりしています。冬には車で2時間ぐらいの山へ行くとスキー場があります。年中自然で遊べるところがとても気に入っています。
よくスイスにも仕事で行くのですが、電車でブレーシャから2時間ほどでスイス国内に入れます。交通の便もいいですし、ブレーシャは住みやすい街です。

―いいですね。気候はどうですか?
季節によりますね。夏は日本より湿気が少ないので気温の割に過ごしやすいです。気温は東京よりも高い気がします。湿気が少ない分、多少は過ごしやすいですが、冷房が日本より整っていないのでそういう面でちょっときついですね。
ブレーシャは東京よりも少し北にあり、東京よりも冬はかなり寒いですね。
ー練習はどうされていますか?
イタリアの皆さんは音に寛容です。家は防音工事など何もしていないのですが歌が聞こえてきたら「上手ね」、「何を歌っているの?」などと興味を持って話しかけてくださるので、のびのびと好きなだけ練習できる環境があり、すごくありがたいなと思っています。
イタリアでは新作オペラ、現代音楽の公演が多く、私もできる限りいただいた仕事を受けるようにしています
―普段イタリアではどのようなレパートリーを歌われているんですか?
イタリアでもベルカントのレパートリーが多いです。日本で歌っているものとそんなに変わらないかなと思います。
レパートリーとしては、ロッシーニやドニゼッティ、プッチーニとかですね。私はワーグナーなど重いものは声質的に向いていないので、イタリアでもそんなにレパートリーは変わらないかなという感じがします。
イタリアでは新作オペラ、現代音楽の公演が多く、新しい作品に関われる機会がとても多いので、すごく勉強になりますし、良い経験だなと思ってできる限りいただいた仕事を受けるようにしています。大きい劇場のシーズンプログラムの中にも、トラディショナルな作品と一緒に新作オペラだったり、 普段あまり上演されることのない作品が入っているのでそこが面白いなと思います。

―今まで出演された新作オペラの中で印象的な役や作品はありますか?
ブレーシャのグランデ劇場でファッキネッティ作曲のオペラ「地獄への音楽の旅」に出演したことがあります。ブレーシャ出身の彼の作品を上演しようというグランデ劇場の企画でした。面白いなと思った点は音楽界をちょっと批判したような感じで、少し笑える要素も入っていて、「音楽界ってこんなのだよ」というのをテーマにしたところです。
私は音楽事務所の敏腕女性マネージャーの役で、音楽界の嫌なところを集めたようなキャラクターでした。主人公がさまざまなキャラクターと出会いながら旅をするという話で、トラディショナルなオペラではなかなかないようなテーマで面白いなと思いました。
あとは、現代音楽ではないのですが、トラーパニ7月音楽祭でオッフェンバック作曲の「バタクラン」というオペラに出演しましたが、こちらも面白かったです。めったに日本で上演されることのないオペラだと思います。フランス人が中国の方に流れていって囚われるという、それだけの話なのですが、ドタバタ劇で、音楽はオッフェンバックなので面白いキャッチーなメロディーが多くあり、この作品もなかなか面白いと思いました。

最近だと、ピーター・ブルックの「カルメンの悲劇」というオペラにミカエラ役で出演しました。ピーター・ブルックがビゼーの「カルメン」のオペラを1時間ぐらいに凝縮したオペラで、ベースを残しつつ有名なシーンのオペラハイライトみたいな感じです。この公演は、現代的な演出でやったので面白かったですね。日本ではこのオペラを上演することが少ないので、とても貴重な経験でした。
―とても興味が湧くオペラ作品ばかりですね。
何か刺激を与えてくれるものはありますか?
映画が刺激を与えてくれるなと思います。色々なジャンルを見るので特にこれというのはありませんが、俳優さんの表情に注目して見ています。ドラマや映画はズームアップして細かい表情や目線などを見ることができるので、大変勉強になります。
イタリア声楽コンコルソでミラノ大賞を受賞。副賞の奨学金が受賞と同年の受験でイタリアの国立音楽院に入学できればいただけるという条件つきだったので、「この機会を逃したらダメだ」と思い、急いでイタリアへの留学の準備を開始しました
―オペラに初めて触れたのはいつですか?
オペラを初めて観に行ったのは高校生の時で、恩師が出演していた「ジークフリート」でした。初めてのオペラがワーグナーだったので、とにかく迫力がすごいなという感じで帰宅した事を覚えています。
―なにがきっかけでオペラ歌手の道を進もうと思ったのですか?
オペラ歌手、歌をやりたいと思ったのは中学3年生の時でした。学校の合唱祭で歌った曲の中にソプラノのソロパートがありました。母がその合唱祭を見に来ており、私の声を聴いて「オペラの道に進んだらいいんじゃない?」と勧めてくれました。元から歌は好きだったので、高校1年生から地元の声楽の先生のところへレッスンに通い始めました。
―素敵なお母様ですね!イタリアに行くきっかけは何かありましたか?
大学の時から将来的に留学してもっと勉強をしていきたいという思いが漠然とありましたが、イタリアとは決めていませんでした。フランスもいいし、大学で師事していた先生がドイツ系だったのでドイツもいいし、でもイタリアもいいし…と、迷っていました。徐々に自分のレパートリーが確立してきた時に、イタリアのベルカントのレパートリーが多かったので、イタリアがいいかなと思いつつ、バイトをしてお金だけは貯めていました。
きっかけとなったのは、2011年1月にイタリア声楽コンコルソで、ミラノ大賞をいただいたことです。ミラノ大賞には副賞で奨学金が付いていたのですが、同年の秋の受験でイタリアの国立音楽院に入学する事ができれば、奨学金をいただけるという条件付きの副賞でした。「この機会を逃したらダメだ」と思い、急いでイタリアへの留学の準備を開始しました。

2011年の10月にヴェネツィアの国立音楽院に入学しました。受験前はイタリアに知り合いがいなくて、どこの国立音楽院を受験したら良いのだろうと迷っていました。先輩方はミラノやパルマの国立音楽院に行かれている方が多かったので、私もそうしようかなと思っていました。しかし、イタリア声楽コンコルソの審査員をしていたカルミネ・カッリージ先生がヴェネト州のヴィチェンツァにお住まいで、「ヴェネツィア国立音楽院は良い学校ですよ」と強く勧めて下さったので、ヴェネツィアを受験することにしました。
実際に行ってみて、アドバイスいただけて本当に良かったなと思いました。当時は、ヴェネト州の他の国立音楽院に比べて歌の学生が多く、とてもレベルの高い学校で、先生も素晴らしい方が多かったです。学校のプロジェクトとして、フェニーチェ劇場とのコラボレーションで学生が出演できるようなオペラの企画があり、ヴェネツィアで本当に良かったと思いました。
音楽院を休学してミラノのスカラ座の研修所に行き、その後ヴェネツィアに戻って国立音楽院を修了しました。その後ボローニャの歌劇場の研修所で勉強しました。

―ミラノ・スカラ座研修所とボローニャ歌劇場研修所で印象的だったことはありますか?
ミラノとボローニャの研修所で印象的だったことは、研修所とはいえ、勉強する場所ではなかったということですね。私の感覚ですが、学ぶというより劇場関係者にアピールする場所というような印象が強かったです。在籍している人が全て同等に扱われるわけではなく、仲間よりも自分が優秀で気に入ってもらえないとコンサートやオペラには出演できませんでした。上達したいから通うというより、自分を認めてもらうために通うという印象だと思いました。
―なるほど。研修所といえど、プロの世界と同じなんですね。
声や表現でこだわっていることってありますか?
月並みですが、大きい劇場でオーケストラを超えて声を届けないといけないので、きちんとしたテクニックで声を遠くまで届けることを大事にしています。オペラは素晴らしい音楽がベースとしてありますが、演劇的な表現をするということも大事だと私は考えています。台本作家が書いたセリフ、作曲家が作った音楽をどう表現するかというところです。発声は崩さずに、言葉を大切にして、登場人物の悲しみや喜びや怒りを声にうまく乗せて、 演劇としても成立させることを私は特に大事にしています。
ヴィオレッタ役で藤原歌劇団にオペラーデビューをすることができたら、本当に幸せだなと思い挑戦しました
―今回、なぜヴィオレッタオーディションを受けようと思ったのか教えてください。
今まで歌わせていただく機会が一番多かったのがヴィオレッタ役です。思い入れのある役なので、この役で藤原歌劇団にオペラデビューすることができたら本当に幸せだなと思い挑戦しました。
―ヴィオレッタ役として注目して欲しいシーンはありますか?
注目していただきたいシーンは、第2幕のヴィオレッタとジェルモンの二重唱ですね。この重唱は20分間ぐらいありとても長いですが、この重唱の中でヴィオレッタの心情や状況がどんどん変わっていきます。 彼女の気持ちの動きがとても大きいので、私はこのオペラには欠かせない大事なシーンだと思っています。歌としても演技としてもとてもやりがいがある場面なので、 注目していただけたらなと思います。

―ヴィオレッタを演じる上で大切にしているところはありますか?
ヴィオレッタを演じる上で大切に思っているのが、 彼女の愛の変化です。アルフレードに出会う前の彼女はお互いに見返りを求め合う関係、偽りの愛というか本当の愛ではなくて、つまり愛のように見えるものしか知りませんでした。そんな彼女がアルフレードに出会って、愛し愛される事で見返りを求めない愛を知り、最後にはアルフレードの幸せを願いつつ亡くなりました。私はこのヴィオレッタの愛の変化を大切に演じたいと思います。
―ヴィオレッタを演じるにあたって、自分の人生観で変わったこととかありますか?
ヴィオレッタの生きた時代に比べて、自由に生きられる時代に生まれたことに感謝して、悔いが残らないように毎日を一生懸命生きられたらいいなと思いました。彼女はやりたいことを全て自由にできたり、 選べたわけではなく、生きるために選んだ職業で悔しい思いもたくさんしたと思います。ジェルモンとの二重唱で「自分の娘のために別れてほしい」と言われ、 ヴィオレッタも本当はそのような家庭に生まれて守ってもらえる娘でありたかったと思っていたはずです。きっと好きな人と一緒にいられただろうし、別れてくださいなんて言われなかっただろうと思います。華やかな世界にいて楽しそうに装っているけれども悔しさをずっと心の中で感じていたのかなと思います。私は自由に好きなことを選べる時代に生まれた事に感謝しなきゃと思います。
ヴィオレッタの生きた時代の愛の形も、現代の愛の形も意外と一緒なのかなと思います。今までヴィオレッタを演じてきて思うのですが、人を愛する気持ちや悔しさなどの感情は、どの時代の人も変わらないですよね。

―そうですよね。今も昔も環境は違えど、愛の形は同じだと思います。ヴィオレッタとして伝えたいメッセージをお願いします。
舞台にヴィオレッタを演じている田中絵里加がいるのではなく、ヴィオレッタがそこにいて、お越しくださった皆様が彼女の人生の最後を見たと思っていただけるように演じたいと思っています。
―素敵なお話をたくさんありがとうございました。最後に、今後挑戦してみたい役はありますか?
「リゴレット」のジルダです。 ヴェルディのオペラは心の葛藤をテーマとしている作品が多く演劇という面でとても興味深いなと思っています。
「リゴレット」は重唱がとても多いですよね。重唱の中で物語が進んでいき、ヴェルディの音楽が人の感情に寄り添っていて演劇要素が強いです。歌手が自身のテクニックを披露するためのオペラではないんです。そういう面で「リゴレット」は好きなオペラなので、ジルダを演じてみたいなと思います。
<聞いてみタイム♪>
田中絵里加さんに、ちょっと聞いてみたいこと。
―さて、今回の「聞いてみタイム♪」のコーナーは、田中さん。サイコロを振っていただき、出た番号の質問にお答えいただきますが…
ボーナス!

ーお好きなことをお話しいただけます!
そうですね。シチリアに行かれる際はぜひタマリンドという飲み物を飲んでいただきたいです。
―初めて聞きました!それはなんですか?
私が住んでいる北イタリアではあまり見かけない飲み物です。友人に会いにシチリアのカターニャに行ったときに、街角に立ち飲みできるスタンドみたいなところがあり、そこでタマリンドを初めて飲みました。とても衝撃的な美味しさでした!

―どういう味なんですか?
タマリンドはマメ科のフルーツです。味は甘酸っぱく、少しだけコーラのような香りがします。タマリンドシロップを入れた後に炭酸水で割って、レモンを半分ぐらい絞ります。すごく美味しかったです。カターニャ滞在中には毎日スタンドに立ち寄りました。

タマリンドは消化を助けてくれるらしいので、たくさん食べた後にスタンドへ寄って胃薬代わりに飲むそうです。シチリアで美味しいものをたくさん食べた後には是非飲んでみてください。
―素敵なお話をたくさんありがとうございました。
