アーティスト インタビュー

北薗 彩佳

大切な作品『ピーア・デ・トロメイ』とロドリーゴ役。美しく躍動する音楽を、お客様へお届けしたい。

Vol.58

北薗彩佳氏にとって大切な、『ピーア・デ・トロメイ』とロドリーゴ。
日本ではあまり上演機会のない作品『ピーア・デ・トロメイ』も、自分にとっては大学時代に関わった青春オペラ。ロドリーゴの役にも当時から憧れを持ち、「いつか全幕やってみたい」と願いながら大切にしてきた。それが、今現実のものに。心が湧き上がり踊り出したくなるような、美しい音楽をお客様に届けることに大きな喜びを感じながら、共演者やマエストロ、演出家の方々と舞台を作り上げたい。歌との出会いは偶然の部分もあったが、結果的に今とても生きやすい世界にいる。故郷・鹿児島への恩返しもしながら、今をひとつひとつ丁寧に重ねたい。

今最も旬なアーティストのリアルな声や、話題の公演に関する臨場感あるエピソードなど、オペラがもっと楽しめること請け合いの情報をお届けするコーナー「CiaOpera!」。第58弾は、2024年11月22・23・24日に上演される藤原歌劇団本公演『ピーア・デ・トロメイ』にご出演される、北薗彩佳さん。本作との意外な接点や、ずっと大切にしてきた思い、共演者や指揮者・演出家について、その他歌や恩師との出会いや故郷・鹿児島についても語っていただきます。

それは、青春オペラ。「いつか」の夢を、まさに今。

―今回は、2024年11月23日に藤原歌劇団創立90周年記念公演『ピーア・デ・トロメイ』にロドリーゴ役でご出演の北薗彩佳さんにお話を伺います。どうぞよろしくお願い致します。まずは、この作品に取り組む意気込みのようなものをお聞きできますでしょうか。


まず上演機会が少ない、とても珍しいオペラですが、私にとっては青春時代を思い出すオペラです。出身校の京都市立芸術大学では、大学院生になるとオペラの授業があり、その集大成としてオペラを上演します。そして、私が学生時代に上演された演目が、この『ピーア・デ・トロメイ』でした。オペラの授業では、各セクションにプロの方が入り、その下で学生たちが、スタッフとして
サポートや合唱として出演し、全員でオペラを創っていきます。 その取り組みの中で、『ピーア・で・トロメイ』は音楽がすごく熱くて、どこを切り取ってもテンションが上がるような魅力がありました。当時まだ二十歳そこそこの、歌を始めたての私にとって、音楽が鳴るだけで踊り出したくなるような、他の作品とはちょっと違った期間だったような気がしています。ロドリーゴ役にも
ずっと憧れを持っていて、初めてこの役を知ってから勉強し、大事な局面に来たらロドリーゴのアリアをしています。
このようなことから、いつか全幕できたらいいなと思っていた作品でした。しかし、上演される機会の少ないオペラなので、これは死ぬまでにできるのだろうか思っていたのですが、自分が思っていたよりも早くチャンスをいただけて。今、一生懸命取り組んでおります。


―ありがとうございます。もうご縁がすでにあったうえに、大事な作品だったということですね。お話が実際来た時は、嬉しかったのではないですか?


言葉にするのは難しいのですけど、もう「やったー!!!」って。一人でガッツポーズをしたり、小躍りしたりして喜びました。とにかく嬉しかったですね。今までは、役のオファーいただいても、1回自分の中で「できるかな」と自問自答したり、頭の中で全幕をイメージしてみたり、自分の声の状態を考えたりしてからお答えすることが多かったのですが、『ピーア・デ・トロメイ』に
関しては、2つ返事で「はい、できます!」とお答えしました。

―そうですよね。しかもロドリーゴの役という、まさにずっと望んでこられた形で。藤原歌劇団の、こういう珍しい作品を積極的に上演する取り組みはどう感じていらっしゃいますか?


上演機会の少ない作品を、藤原歌劇団の歴史のある、待ち望んでいてくださるファンの方がたくさんいる団体が取り上げるのはすごく大事なことだと思います。いつも毎シーズン1つぐらい「あれ、なんだこれ?」というような作品があるのは、私たちにとってもすごくワクワクしますし、お客様にとってもとてもいい機会だと思います。


―新しい出会いにもなりますよね。本作品の見どころを、ぜひ教えていただけませんでしょうか。


音楽がどこをとっても美しく、それも血が湧き上がるといいますか、テンションが上がるような音楽です。すごく静かな美しいシーンであっても、私がとてもオペラが好きというのもありますが、例えば若い子たちがクラブミュージックとかを聞くと、手をあげてノリますよね。おじいちゃん、おばあちゃんでも、和太鼓や祭り囃子の音を聞くと、ちょっと気持ちが沸き立ってきますよね。そんな感覚が、このオペラにはあると思っています。聴くと気持ちがワクワクしてしまうようなところが、一番お客様に楽しんでいただきたいポイントですね。


―それは、ぜひ聴いてみたいです。ロドリーゴの役については、どんな人物像を描かれていますか?


これはズボン役に通ずることだと思うのですけど、まだ成熟してない男性が多い気がします。ロドリーゴも、そういうところが見受けられるなと。臨機応変に、何が来ても落ち着いて対応していくような大人の男性ならではの強さは持っていなくて、どちらかというと若さゆえにピンと張りつめていて、違う角度から少しでも力が加わったらポキッと折れてしまいそうな、危なっかしさのある男の子だと思います。お客様も、きっとその危うさに惹かれてしまう。そこが、女性がズボン役として役を歌う理由だと思います。どんなズボン役にも、大事なものを守るという使命があるように感じるのですが、今回ロドリーゴにとってはそれがピーアです。しかし、思うように守れない。その経験を通して、このオペラが終わる頃には、彼はすごく成長していると思うので、仮にもしこの作品に続きがあるとしたら多分もう女性が歌う役ではなくなっているとすら想像してしまう。そういう男の人として、あるいは人間としての彼の成長をお見せできたらいいなと思いながら、役と向き合っています。


―なるほど、女性が歌う理由ですか!深い洞察ですね!

共演者と共に。体を鍛えながら。節目の年の公演に臨む。


―今回共演する方々との、エピソードがあればお伺いできますでしょうか?

同じ組のピーア役・迫田美帆さんは、2024年2月公演の『ファウスト』でご一緒しました。私がマルタ役で、迫田さんが演じるマルグリートをいつも気にしている近所のおばちゃんみたいな存在だったのですけど、その時「次は姉弟だね」と言い合いながら取り組んでいました。
2022年4月公演の『イル・カンピエッロ』でも、同じ組みではなかったですがご一緒しました。迫田さんがルシエータ役、私がオルソラ役で、その公演が初めましてでしたが、迫田さんの役や楽譜に対する誠実さというのは、毎回見ていて本当に尊敬するところがたくさんあったので、今回もすごく楽しみです。

―素敵なエピソードですね。他の方々も、すでに共演された方が多いですか?


はい。ランベルト役の大澤恒夫さんは、今年の6月に上演した『カルメン』で共演させていただき、私がカルメン役、大澤さんがスニガ役で、激しく喧嘩をするシーンがあったりました。本公演の稽古で久しぶりにお会いして隣に立つと、またふつふつと喧嘩をしたくなるような感覚もあり、懐かしいね、なんてお話をしています。


―面白いですね!逆に、初めましての方はいらっしゃいますか?


ダブルキャストの星由佳子さんは、初めましてです。今回お会いするのもすごく楽しみでしたし、動画などで聴いていた通りの素晴らしいお声で、毎回稽古でご一緒するのが楽しみです。


―なるほど。どんな仕上がりになるかを楽しみですね。指揮の飯森範親氏や、演出のマルコ・ガンディーニ氏とはご一緒していますか?


飯森マエストロとは、初めましてです。爽快といいますか、歌っていない部分のテンポ感までも丁寧に音楽創りをしてくださるので、とても歌いやすく、稽古も毎回わくわくします。
マルコ・ガンディーニさんとは、私が昭和音楽大学の大学院の時に出演した『ファルスタッフ』2022年藤原歌劇団公演『イル・カンピエッロ』も演出されていたので、何度かご一緒していますね。


―そうなのですね!では、お互いに信頼関係もあるのですね。

そうだと嬉しいですね。マルコ・ガンディーニさんの演出は、いつもとても動くので、走り回ったり、舞台上に作った本物の川を何度も飛び越えたり。『イル・カンピエッロ』の時は、それぞれ家族のお家がセットがあり、ドールハウスのように骨組みだけで、家の中がきちんとお客さんから見えるようになっていて、2階に上がる階段なんかも見えるので、そこを何度も上がったり下がったり。やっている方は体力的にすごく大変ですが、見ている方からするとすごく面白いですよね。とても効果的な演出をしてくださり、今回もそういう要素があると思うので、お客様に喜んでいただけると思います。でも、やる方は大変かも…と思って、私は体力作りをするようにしていますね。

―演出も楽しみですね!そして、気になる体力作り。例えばどういったことをされるのですか?

私はジムに行くのがすごく好きで、週に2日か3日ぐらい通って、ウェイトトレーニングをしています。


―ウェイトトレーニングですか!

はい。いろいろなご意見の方がいらっしゃるので、これが正しいということでもないと思いますが、私には合っていると感じて続けています。ウェイトトレーニングをすると、自分の限界値を知れるといいますか。そこまでシビアなトレーニングは高頻度ではやりませんが、これ以上上げられない、みたいな自分のマックス値が分かっていると、オペラを1本通して歌っていても、今自分がどれくらい疲れているかや体力の限界に近づいているのかがわかる気がします。オペラには、耐久性がすごく必要だったりもするのですよね。


―なるほど、納得です。今回、本公演も含めて、藤原歌劇団創立90周年の記念の公演にあたりますが、何か思いはお持ちでしょうか?


そうですね。藤原歌劇団の公演は、大学生の頃から仲間と夜行バスに乗って 観に行き、また夜行バスに乗って帰るということをよくやっていました。私からしたら、その時の歌っていらっしゃった方たちはテレビの中に出てくる人と同じような、本当に憧れの存在。その時は、まさか自分が歌わせていただけるようになるなんて思っていなかったので、この90周年という大事な年に歌わせていただけて、心から光栄です。私ができることはすごく微力ですけれど、この先100周年に向けても、自分が藤原歌劇団の一員としてできることを確実に、きちんとやっていこうと思っています。

―素晴らしい心がけですね!ありがとうございます。

オペラの楽しさ。恩師と共演する感動。故郷を思いながら、ひとつひとつ前へ。

―歌い手になろうと思われたきっかけは、どのような事だったのでしょうか?

実は、声が大きかったことです。子どもの頃から、声もリアクションも大きくて。家族からは、私がびっくりする声にびっくりするから、あまり驚かないでほしいといわれたほどでした。
音楽も元々好きだったのですけど、正直こちらもきっかけは半ば流れで音楽高校に行ったことです。本当は打楽器専攻で入学したかったのですが、通っていた中学校に必要な種類のマリンバがなく、練習ができないから試験も受けられない、と。当時の音楽の先生が声楽科出身の方で、歌だったら教えてあげられるといわれるので、じゃあ歌で、という流れでした。でも、歌では大きい声だと褒められるし、オペラの中で大きいリアクションだと褒められるし。今までやめてくれといわれたことが、全て肯定される世界だったので、すごく生きやすかったです。


―歌い手にとって大事な大切な要素を、備えていらしたのですね!オペラ自体も、同じ頃に出会ったのですか?


それが、途中まではただただ歌が好きでした。最初はポップスの歌手になれたらいいなと思い、オーディションを受けたりしたのですけど、マイクを使って歌うのと使わずに歌うのとでは、声を出している時の幸福感が違って。マイクを使わずに歌う方が、私には合っていたようです。オペラに触れたの自体は大学に入ってからでした。前から歌ってお芝居をするものというのもなんとなくわかっていたのですが、見ているのと自分がやるのとでは全然違って。それが、すごく楽しかったのですよね。そこから、オペラがいいなと思うようになりました。大学生時代に折江先生にも出会い、先生を追いかけて上京しました。

―そうだったのですね、折江先生とも大学時代に出会われていたのですね!オペラで共演されているというお話も伺いまして、その時のエピソードがあればお聞かせいただけますか?


私にとって折江先生は歌の師匠であるだけでなく、人生に通じる自分のあり方を1から教えていただきました。おこがましいですが、父親のように感じています。共演させていただけたらいいなとずっと思っていたのですが、藤原歌劇団では2023年に『蝶々夫人』で初めて共演する機会がありました。稽古でも逐一声のことを言ってくださり、その作品に対する先生の姿勢なども勉強させていただきながら取り組むなど、すごく貴重な経験でした。舞台上でも、同じように勉強させていただくことは多く、シャープレスとケイトで、そんなに一緒にいるシーンは長くないのですが、目を合わせる場面は何度かあって。その時、当たり前なのかもしれませんが、目の奥までも全てがシャープレスを物語りながらそこにいらっしゃいました。目が合うだけで涙が出そうに、というか実際泣いてしまう回もありました。簡単な言葉しか出てきませんが、本当にすごいなと。これが歌で生きてきた人の、舞台上での目の強さなのだなと体感しました。カーテンコールでたまたま横並びになり、一緒に手を取ってご挨拶できた時は衝撃的で、嬉しかったですね。


(折江先生と蝶々夫人の際のツーショット写真)


―素敵な瞬間が、目に浮かぶようです。ありがとうございます。故郷の鹿児島のお話も伺えますか?

昨年は「鹿児島市春の新人賞」という、鹿児島出身の文化的な活動している人に送られる賞をたまたまいただくことができ、リサイタルを開くなど、演奏させていただく機会いただき、故郷で演奏させていただくことが増えました。
私の父が、鹿児島の中でも甑島という離島の出身で、子どもの時は毎年甑島に家族で帰省していました。鹿児島自体もおおらかなところですが、甑島にはコンビニもなく、信号機も1つだけで、より一層おおらかで。そういうところで育ったので、いろいろ大変なことがあっても楽観的といいますか。歌っていると楽しいことももちろんありますが、いつも自分との戦いで、前回の自分を超えて1回1回お稽古に来るということの積み重ねなので、精神的に大変なこともありますが、そんな時に「なんとかなるよ」とポジティブに捉え、いつも自分の正しい心のポジションに戻すおおらかさというのは、鹿児島で育まれた感覚だなと思いますし、自分でも大事にしています。大切な故郷なので、これからも少しずつ恩返しができればいいですね。


(甑島のお写真)


―なるほど。素敵ですね。ありがとうございます。最後に、これから目指していきたい歌い手像があれば、教えてください。


そうですね、いいか悪いかはさておき、私はあまり先のことは見ないような性格です。なので、将来こういう風になりたいというのも、正直そこまでないといいますか。今目の前にあることをきちんと正しくやっていけば、必ず願いに届くと思うし、より良い選択もしていけるのではないかと思います。なので、ひとつひとつ頑張りたいです。

―なるほど。まさしく『ピーア・デ・トロメイ』もそうですね。ありがとうございました。

<聞いてみタイム♪>
北薗さんに、ちょっと聞いてみたいこと。

―恒例の番外編コーナー「聞いてみタイム♪」。今回は、従来の方法に戻ります。北薗さんにサイコロを振っていただき、出た番号のちょっとした質問にお答えいただければと思います。さて、出たのは…
2番「最近びっくりしたことは何ですか?」

びっくりしたこと、何でしょう。私、すぐ忘れてしまうのですよね。あ、ネッロ役の井出壮志朗さんが、髪の毛を20センチぐらい切っていました。いつも長髪でひとつに結んでいらしたのですが、稽古でお会いしたらすごくびっくりしましたね。
あと、今回『ピーア・デ・トロメイ』の楽譜を引っ張り出したら、当時の書き込みの付箋が山のように残っていて、それにはすごくびっくりしました。こんなに書いていると思っていなくて。出ハケのタイミングや、幕の開け閉めのタイミング。全部剥がすと、かなりの厚みになる付箋がたくさん貼ってあり、慣れないことだったので、逐一書いてペタペタ貼っていたのでしょうね。

―素晴らしい、勉強熱心なびっくりエピソードをありがとうございます!

©FUKAYA/auraY2

北薗 彩佳

メッゾ・ソプラノ/Mezzo Soprano

藤原歌劇団 準団員

出身:鹿児島県

京都市立芸術大学卒業。昭和音楽大学大学院修了。平成26年度青山財団奨学生。第16回宮日音楽コンクール最優秀賞、及びみやにち奨励賞受賞。第69回全日本学生音楽コンクール大阪大会第3位。昭和音楽大学重唱研究員。

公演依頼・出演依頼 Performance Requests
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