一番歌っている役のジルダだが、回数や年齢を重ねるごとに歌の技術も感情表現も深まってきているはず。今回のポイントは、自分の歌唱的な持ち味と、演技的な持ち味の最もいいバランスをとりながら表現していくこと。歌への理解が深いマエストロの柴田氏、研修生時代から長年の付き合いとなる演出家の松本氏をはじめ、楽しくコミュニケーションし、よくディスカッションできる気心知れた共演者の方々と一体となってお客様にいいオペラを届けたい。イタリアでのジルダ・デビューで見たものは、厳しいオペラの世界。それでも、探究心を持って歌い続けていきたい。
今最も旬なアーティストのリアルな声や、話題の公演に関する臨場感あるエピソードなど、オペラがもっと楽しめること請け合いの情報をお届けするコーナー「CiaOpera!」。第40弾は、前回に引き続き2020年2月1日(土)、2日(日)に東京文化会館、2月8日(土)に愛知県芸術劇場で上演の藤原歌劇団本公演『リゴレット』において、ヒロイン・ジルダを演じる佐藤美枝子氏。歌手人生で一番歌っているというジルダ役への新たな意気込みや表現のポイント、共演者や指揮者、演出家とのコミュニケーションの大切さ、イタリアでのロール・デビューの思い出などを伺いました。
回数を、年齢を、重ねるごとに深まるジルダを見てほしい。
ー今回は、2020年2月1日・2日に東京文化会館にて、また8日に愛知県芸術劇場にて上演される藤原歌劇団本公演『リゴレット』で、1日と8日に悲劇のヒロインの「ジルダ」役を務める佐藤美枝子さんにお話を伺います。佐藤さんは、もう何度もこの役を歌われていると伺っていますが、今回また改めてこの役に臨むにあたっての意気込みをお聞かせいただけますか?
はい。ジルダは私がこれまでの歌手人生で一番歌っている役です。思い入れもあるので、こうして再び藤原歌劇団でジルダの役をいただけて嬉しく思います。そして、若い娘役ではありますけれど、歳を重ねた今だからこそ声や表現は20代、30代、40代に歌っていた頃より深まっているはずなので、もし以前私のジルダを聴いたことがあるという方にも、ぜひまたお聴きいただけたらと思います。同じ演目でも、指揮者や演出家の方によって音楽や世界観が全然違ってきますし、その違った世界観を経験していくことが私の糧にもなっているのです。
ー回数を重ねるごとに、技術や表現をどんどん追究されているのですね。今回の公演では、どんな点を表現のポイントにされるのですか?
まずは指揮者の方と音楽をつくっていくのですが、私はどちらかというとすごく感情移入をしてしまうところがありまして。もちろん大切なことですが、あまり入り込みすぎると歌声の”重さ”につながってしまうのです。今回のマエストロである柴田真郁さんは、私の声のこともすごく理解してくださっていて、その辺をとてもよくコントロールしてくださいます。役への理解が深まれば深まるほどやりたいことも増えてくるのですが、それを120%出すのではなく、うまく抑えたところで良いものを追求していく、と稽古中にもよくおっしゃっています。私の持ち味をすごくよく分かっていらして、それ以上のものを私が出そうとすると止めて、基本に立ち返らせてくださるので、私自身も大変勉強になっています。
ーでは、歌と感情のバランスを取るという点が、今回のポイントなのですね。
そうですね、バランスを追求して、それぞれ一番良い表現を引き出せるようにしたいと思います。
ー音楽的にも感情的にも深みのある、魅力的なジルダになりそうですね。佐藤さんが考える、このオペラの見どころはどちらでしょう?
それはやっぱり、父親の娘に対する深い愛情ゆえに、悲劇へ向かっていってしまうというそのドラマだと思います。その悲劇の中で、ジルダの純粋な気持ちも結局は踏みにじられてしまうわけですが、踏みにじられていると分かっていてもなお、自分の愛を貫く芯の強さやひたむきさが、ジルダとしてお客様に伝わるよう演じられればいいなと思っています。
ーなるほど。やはりこのオペラの物語が持っているドラマ性と、悲劇の中でも凛としたジルダの強さが見どころと言えそうですね。それにしても、すごく激情的なドラマですよね。
そうですね。やはり悲劇はすごく心が揺り動かされるものですよね。喜劇の場合、お客様には「楽しかった!」といって帰っていただけますが、悲劇はそこに込められた内容がものすごく深いので、その深さに感動していただけると嬉しいですね。もちろん、マイクを通すのではなく、体を使った楽器としての”声”も楽しんでいただきたいのですが、「歌い手の誰々さんが良かったよね」というのはコンサートで良い、と私は思っていまして。オペラはやっぱりドラマがあるので、その中にグッと入り込み、いろいろな役に共感したり、感情を動かされたりして楽しんでいただくのが醍醐味だと思います。ぜひ、物語の世界に浸っていただきたいです。
ー娘を思うリゴレットの気持ちや、愛する人を一途に想うジルダの気持ちなど、共感できる心情も多そうですよね。どっぷりと入り込んで楽しみたいと思います。
いいオペラは、いいコミュニケーションから生まれる。
ー関わる共演者の方によっても、同じ役の表現は変わってくることと思います。今回共演する皆さんは、すでにもうお仕事をご一緒されたことのある方が多いですか?
ジルダの父親であるリゴレット役の須藤慎吾さんは、以前にも地方公演で同じリゴレットとジルダでご一緒させていただいたことがあるので、お互いの歌い方や呼吸などはある程度分かっていると思います。一方、マントヴァ公爵役の笛田博昭さんは、オペラでは今回が初共演だと思います。もちろんコンサートでは度々ご一緒していますし、オペラでも同じ演目の違う組にいたことはあるので、笛田さんの素晴らしい声や音楽性はよく存じ上げているのですけれど。今から、とても楽しみです。
ー笛田さんとの共演が初めてなのは、意外でした。楽しみですね!そして、オペラは悲劇でありながらも楽しい稽古場というのは、いいですね。
稽古場が楽しいって、結構重要なんですよ!私自身は、稽古中にいただくダメ出しをどうやって克服していこうかということに集中している方なので、あまり皆さんとわいわいコミュニケーションをとる方ではないのですが、それでも楽しい空気感の中に身を置いて、ときどきちょこちょこっと話に加わる、そんなコミュニケーションが気に入っています。今回も鳥木弥生さん、河野めぐみさん、泉良平さん、井出司さんなどなど、気心の知れた歌手の皆さんがいらっしゃり、楽しい稽古場になりそうです!
ー稽古場あっての本番なのですね!
そうですね、出演者の一体感といいますか、お互いにすごくコミュニケーションがとれていて、ディスカッションもできる雰囲気の稽古場でつくりあげられたものは、お客様にそのまま伝わるのですよね。なので、いいものをつくりたいと思ったら、みんながお互いを信頼しあって、いいテンションでひとつのことに向かっていく充実感というものが大切になってくるのだと思います。
ーよく「練習したものが本番に出る」とは言われますが、それは歌だったり演技だったりというアクションだけでなく、場の空気感までも、積み重ねたものが出るのですね。
本当に、不思議なことですけれどね。
ー先ほども少しお話いただきましたが、今回の指揮者である柴田真郁さんとも、とても良い信頼関係を築いていらっしゃるのですね。
はい、先ほどもお話したように、歌のことをとても良く分かっていらっしゃる方で、大変信頼しています。最初に指揮者としての柴田さんとご一緒したのは、確か静岡でのコンサートでした。そのときに「とても音楽のある方だな」と深く印象に残っています。音楽稽古が始まってすぐは「年上の方達に気を使って話されているな」と感じましたが、私自身が普段から、たとえ年上であっても言いたいことを言えずにお互い良いコミュニケーションが取れないという状態は嫌だなと思っているので、遠慮せずに何でも言ってほしい事をお願いしました。彼はいい意味で厳しくレベルの高い要求をして下さいます。
ー確かに、どうしても自分が年下の場合、相手に「こんなことを言うと申し訳ないかな」と思ってしまう部分はあります。佐藤さんは、そこを超えたコミュニケーションを大切にされているのですね。
そうなのです。これは若い方へ伝えたいことですが、特にオペラなど舞台を一緒につくろうとする場合、お互いが「いいものをつくりたい」と感じているのに、どちらかが遠慮してものが言えないというのは残念ですね。しかも、たとえある程度コミュニケーションが取れていても、肝心な部分を伝え合わなければ意味がない。いい舞台を作ろうと思えば、やはりディスカッションは必要なのですよね。
ーなるほど。そういう意味で、今回のプロダクションでも出演者の皆さんや柴田さんたちと有意義なコミュニケーションを取りながら、作品を仕上げていかれるのですね。演出の松本重孝さんとも、長らくお仕事をご一緒されているのですか?
松本先生は、私が日本オペラ振興会のオペラ歌手育成部の時代の先生なので、今でも私にとってはずっと先生のままです。なので、お声がかかると緊張もします(笑)。もう、30年ぐらいのお付き合いになるでしょうか。表情を見るだけで、今のご気分が分かったりもしますよ(笑)。あまり多くを語る方ではないのですが、私がどんなことをやりたいかを分かっていただいていると思いますし、私自身が持っているキャラクターのなかから沢山のことを引き出してくださいます。
ーそうなのですね。まさに最初におっしゃっていたように、音楽的にも演技的にも一番良い部分がバランス良く巧みに引き出される、素晴らしい舞台になりそうですね。ますます楽しみです!
オペラの厳しさを目の当たりにした、イタリアでの思い出。
ーそれにしても、このジルダという役は佐藤さんにとってオペラのロール・デビューでもあったのですよね。それも、イタリアで。何か、その時の思い出のエピソードはありますか?
日本オペラ振興会の研修所で2年間勉強したあとすぐイタリアに行って、初めて受けたオーディションでいただいた役柄です。ジルダ役のオーディションに2番手で受かり、A・BキャストでいうBキャストになったのですが、育成部の2年間では立って芝居をするという勉強がどれだけできたのか、というくらい、その時はほとんど動けなかったのです。そしてまた、向こうでは日本と違い、Bキャストは稽古中ほとんど見ているだけなのです。昔からどこの劇場でもそういったやり方だったようなのですが、その見ているだけの状態を重ねて、いきなり本番に立たされる。すごく厳しいのですよね。ですので、とにかく目を皿のようにしてAキャストがやっている稽古を見て、書き込んで、家で自分でさらってみて、これでいいのかどうか何も分からない状態で本番に立った記憶があります。衣装も着せられるがままに着て、「これでいいのかな?これでいいのかな?」と、もう怖さばかりで。そんななか、リゴレット役のステーファノというイタリア人歌手の方にものすごく助けられました。リゴレットをレパートリーにされている歌手で、その公演にはゲストでシングルキャストとしていらっしゃいました。舞台上での動きから何からアシストしてくれて本当に助けられました。
ー大変なご経験も、たくさんされたのですね。イタリアでは、お休みの日はどのように過ごされていたのですか?
オフの日は、家で家事をすることが多かったですね。というのも、イタリアの家は日本と違って広く、また、イタリア人の家はどこへいってもホコリが全然なくて本当にきれいなのです。その家のマンマが朝5時ごろに起きて掃除をし、市場へ行って買い物をして食事をつくる、家族の為に家を守っているのですね。私もイタリアのマンマに影響されて掃除をするのが日課でした!スーパーに売っているハンディークリーナーで床を掃除するのが楽しくて楽しくて。その頃は、『オリー伯爵』と『カヴァレリア・ルスティカーナ』が大好きで、毎日どちらかがお掃除中のバックミュージックでした。それには訳があるんです。『カヴァレリア・ルスティカーナ』は育成部修了後すぐにあった、藤原歌劇団の公演の影歌のアレルヤ・コーラスのメンバーとして公演に乗せていただいたことがきっかけで作品に触れ、大好きになった演目でした。『オリー伯爵』は元々若い頃から大好きだったので、当然お掃除中のバックミュージックナンバーの筆頭に挙げられる作品でしたが、2017年の藤原歌劇団公演でこの演目にキャスティングしていただいた事は、本当に、心が躍るほど嬉しい気持ちでした。しかも!演出は今回と同じく、松本重孝先生でした。
ー大好きなオペラをかけながらお掃除!それは楽しそうですね!
楽しかったですよ!イタリア人はみんなオペラが大好きなので、家で、しかも大音量でオペラを何時間流していようとも、文句を言いに来る人なんていませんでしたしね。
残念ながら最近は、お掃除中にオペラをかける事はなくなりましたね。自分が勉強せねばならないレパートリーのもの以外の曲を聴く時間も余裕も、残念ながら今はありません‥‥。無音が良いです!(笑)
ー今は、きっと何か音楽が流れていると、気持ちがお仕事モードになってしまうのでしょうね。その時々で、心地いい環境というのも変わってくるものですよね。楽しいお話、ありがとうございました。
聞いてみタイム♪
アーティストからアーティストへ質問リレー。
丹呉由利子さん&長島由佳さんから、佐藤美枝子さんへ。
ー恒例の「聞いてみタイム」は、今回も健在です。今回は、『リゴレット』別チームの上江隼人さんから、佐藤美枝子さんへのご質問です。
ー年々歌手の寿命が短くなっていると言われていますが、長く歌い続けるための秘訣は何でしょうか?
それはなんと言っても『探究心』だと思います。というよりも、〝年々歌手の寿命が短くなっている〟と言われているのですか?????
もし本当にそんな事を言われているのでしたらば、日々の鍛錬が足りないからなのでは?と感じますね。
歌手である以上、発声も表現も「これで良い」という事などないのです。ずっと美しい響きに乗せた、良い声で歌っていかねばならない!歌って行きたい!のです。そのために練習、練習、尚練習!ですよね!!!
私たちは身体が楽器ですから、誰かが調律してくれるわけでもなく、ケアは全て自分の手にかかっているわけです。もちろん、疲労、疲弊していれば身体が楽器の私達は万全に歌えませんので、休むことも睡眠を取ることも必要で、それもメンテナンスの一つで「仕事」なのです。
上手に休みも取り、精神的にもリラックスした時間を過ごすこともしながら、声作り、役作りの為に「死ぬまで、正しい?!練習あるのみ!!』なのだろうと思います。
声楽家は、4、50代が一番良い時期と言われています。常に向上心を持ち、高みを目指して成長していかねば!それには練習あるのみ?!それしか言ってない(笑)けれども結局、練習、稽古、あるのみ、っていうことですね。 良い音楽を聞いたり本を読んだり、演劇や映画を観たりして、それも糧にしながら、練習、稽古!!!です。
寿命が短くなっているなんて言われないよう、中堅に差し掛かる私達年齢の歌手は、まだまだまだまだ頑張りまーす!!!
ー40回目という節目のインタビューにふさわしい、熱いお言葉をありがとうございました!
取材・まとめ 眞木 茜