西洋オペラと日本の伝統文化を融合させた日本オペラを“創作”し、国内外に発信し続けてきた「日本オペラ協会」。日本語で歌うからこそ、言葉と音楽のバランスは西洋オペラより格段に難しく、独特のリズムや和音も最初は難しく感じる。けれど体に馴染んでくると、得も言われぬ美しさがある。時代や文化考証によって作品そのものが今なお変化し続ける日本オペラは、生きている。『よさこい節』は、江戸時代末期の高知県が舞台の物語。仏僧・純信とお馬の悲恋が、「よさこい節」の祭り囃子と対比され、浮き彫りになる。日本オペラ協会ならではのチームワークで、美しい日本語、美しい所作、日本人だからこそ出来うる表現を追究し、伝えていきたい。
今最も旬なアーティストのリアルな声や、話題の公演に関する臨場感あるエピソードなど、オペラがもっと楽しめること請け合いの情報をお届けする新コーナー「CiaOpera!」。第8弾は、3月4日(土)・5日(日)に東京で、3月11日(土)には物語の舞台・高知で上演されるオペラ『よさこい節』に出演予定の、沢崎恵美氏と所谷直生氏に、本作の見どころ、日本オペラへ対する想いについてお話を伺いました。
日本語は、外国語より難しい?「生きているオペラ」、日本のオペラ。
ー本日は、3月4日(土)・5日(日)に新国立劇場で上演される、原嘉壽子(はらかずこ)氏作曲のオペラ『よさこい節』のお話を伺いたいのですが、その前に、まず今回は「藤原歌劇団」ではなく「日本オペラ協会」による日本オペラ公演なのですね。オペラというと、一般的にはイタリアやドイツ、フランスなど欧米のイメージを持たれているお客様も多いと思うのですが、日本生まれの「日本オペラ」を上演する「日本オペラ協会」とは、どういった団体なのかをお話しいただけますでしょうか。
はい、そもそも日本には能や歌舞伎という伝統芸能があって、そこに西洋の音楽が入ってきて融合されて、“日本歌曲”というスタイルからだんだんオペラへと発展していくんですね。日本人の母国語である日本語で歌うオペラ、西洋に持って行っても、向こうの伝統的なオペラに対抗できるような作品をつくりたい、という想いが始まりだったと思うんです。もちろん音楽的には西洋の和声を取り入れていますし、オペラという西洋文化の形をとっていますが、作品のなかに日本独特の音階や民謡、物語なども取り入れて、日本ならではの芸術作品として発信することが目的だったのではないかな、と。
ーなるほど、日本の伝統文化を海外にアピールしていく手段でもあったのですね。
西洋音楽の何百年という文化に比べたら、50年とか60年とか、まだまだ歴史が浅くはありますが、日本にもともとある題材を使って“創作する”というスタイルを続けて、近年ようやく確立できてきたという段階かもしれませんね。
それから、日本オペラの特徴としては、鹿児島県や群馬県、滋賀県など県ごとにひとつずつオペラがあって、地域おこしにつなげたりしていますよね。
そうですね。それもやはり、日本オペラ協会が“日本オペラ”という分野を確立させる一環として、東京だけではなく地方として何かできないか、と考えたのではないかなと思います。
現日本オペラ協会総監督の大賀寛先生が先頭に立って活動されていますので日本オペラ協会の詳しい歴史は、大賀先生が一番よくご存知だと思います。
ー大賀先生を筆頭に、日本のオペラ文化づくりに尽力されてきたのですね。日本語でオペラを歌うということについて、外国語とは違う、日本語ならではの特徴はありますか?
日本語は、ひと言でひとつの意味を表す、ということが少なくて、言葉が長いんですよね、たぶん。
そうそう!
外国語だったらひと言だけの言葉を、日本語にすると子音と母音がずーっと羅列しているというか。何が、というとパッと例が思い付かないですけど・・・変拍子(一般的ではないリズム)もすごく多いです、5拍子とか7拍子とか(西洋音楽で一般的なのは、マーチの4拍子や2拍子、ワルツの3拍子など)。今回の『よさこい節』には、6.5拍子なんていうのが出て来るんですよ!0.5拍子って、聞いたことありますか?
ーいえ、ないです!
俳句の“5・7・5”など、日本人に元々流れているリズムでもあるので、実は歌いやすいはずなのですが、6.5はさすがに…(笑)数学的な部分がありますよね。
これはもう、数字として捉えずに2拍子だと思ってその中に言葉を入れていくことで、一応どうにか歌えるという。「考えるな、感じろ」ですね。
(笑)
それから、日本人のお客様に言葉を伝えようとしすぎして、歌としての響きや息の流れ、音色が潰れないようにバランスをとるのが、イタリア語やフランス語などを歌うよりも難しいですね。
お客様も、西洋の作品は原語上演だと言葉が分からないので音楽だけ楽しむけど、日本の作品は日本語の意味が分かって当たり前だろうと思われるかもしれません。でも実際は、日本語でも字幕を見ないと分からない場合もあるんですよ。
西洋音楽のベルカント唱法の発声を基本に、響きを崩さないように、いかに日本語らしくに聞かせるかという点がすごく難しいんですけど、そういうことを日本オペラ協会はずっとやってきているんです。
ー母国語だからといって、歌うのが簡単というわけではないのですね!
それから、日本語はイントネーションによっても意味が違って来ますからね。例えば「橋」と「箸」とか。最初の頃は字幕が入ることにすごく抵抗があったんですけど、今は歌の補助として、文字で見たときに意味が伝わる手段ではあるとは思いますね。
ーなるほど、同じ言葉でもイントネーションによって意味が異なる点にも気を使うのですね。
あと、方言の問題もありますよね!
時代設定が現代じゃなかったり、場面にお寺やお坊さんが多いという点も難しいですし。僕はこの作品の舞台の高知県出身なんですけど、僕のやる「慶全」という役は高知県の中でも土佐弁とは少し違う幡多弁(はたべん)という言葉をしゃべる地域出身、という設定なんですよ。実は、僕もたまたまたその地域出身なんですけど。だから他の役は土佐弁をしゃべるけど、慶全は幡多弁を話す。でも、田舎から高知の中心地である土佐弁の地に出て来てしばらく経つので、少し土佐弁も話すようになってきている(笑)。
ー複雑ですね(笑)それにしても、日本オペラは、日本語であるだけにかえって外国語以上に、言葉の面で細部に渡って気を使うのですね。
あと、原嘉壽子さんの作品は、漢字が多いよね。
そうですね、楽譜に漢字が書いてあるので、意味は分かりやすいけど音譜に対して言葉をどう割り振るか悩むというか。『よさこい節』の私が歌うお馬の歌詞に「和尚さん」という言葉があるんですけど、「おっしょうさん」と書いてあるので、「お師匠さん」と聞こえないようにするのが、今の私の課題ですね。
時代や文化考証によって、今も日々言葉が変わったり、音が変わったりと修正が入るんです。
ー今でも変化し続けているのですか!
そういう意味では、日本オペラは「生きているオペラ」と言えるかもしれませんね。
独特の和音と名歌「よさこい節」でつづる、高知の悲恋物語。
日本オペラは、「原さんのオペラ・スタイル」というような個々の特徴はあるかもしれないですけど、伝統の長い西洋のオペラみたいにかっちりとしたスタイルがある訳ではないから、そういう意味で音も難しいし、やっていくうちに、逆に普通の簡単な音程が取れなくなったりしますよね(笑)。
この間、マスカーニのオペラ『友人フリッツ』の二重唱を歌う機会があったんですが、「あぁ、きれいな和音!」と思いました(笑)。
でも最終的に、歌い込んで体の中に入ってくると、それはそれでなんともいえず不思議な、日本的な和音できれいなんですけどね。
ー普段接している西洋音楽とは、だいぶ印象が異なるのですね。でも、モチーフとしては、耳馴染みのある日本の民謡なども使われているのではないですか?
そうですね、まさに「よさこい節」に代表されますね。
「よさこい祭り」は、子供の頃見に行きましたよ。何年か前、ちょうど「よさこいソーラン祭り」が開かれている時期の北海道・札幌へ行ったら、人から「祭り、見に行きましたか?」と聞かれて。「いやぁ、高知でもよく見ましたし」と答えたら、「高知にもよさこいってあるんですか?」って言われたんですよ。あの曲の歌いだしは、「高知の城下に来てみぃや」って歌詞ですからね、高知の歌ですよ(笑)!今や全国的に大会が開かれているし、嬉しいことではありますけど、高知県の物語だということを今作では強く伝えたいですね(笑)!
ーそれは、ぜひ伝わってほしいですね!「よさこい節」の他に、有名な日本の歌は入っていますか?
「よさこい節」ほど有名なものはないかもしれないですけど、音楽のところどころに、どこかで聴いたことのあるような日本的な旋律が隠されているので、それを見つけるのも面白い楽しみ方かもしれませんね。
某テーマパークの隠れキャラクターを探すみたいにね!
ーなんだか、ワクワクするたとえですね(笑)!
あとはお祭りの場面があるので、お祭り好きの血が流れている日本人の心に訴えかけるものがある作品だと思います。
場面はお祭りだけど、話は昼ドラみたいだよね(笑)。
ー昼ドラですか(笑)。
物語のドロドロ感と対称的な「よさこい節」のメロディーや、民衆のお祭り騒ぎが、悲恋をより強調しているのかなと思います。
高知の町とはいえ、お寺を中心にそのまわりで人々が暮らしているという小さいコミュニティーなので、そこで何かあったらすぐ噂が広まるし、高知って北側が全部山に囲まれているので、なんだか少し閉鎖的な部分もあって。
ーこの話は、高知の有名な物語とも言われているようですが、所谷さんはご存知でしたか?
いや・・・「よさこい節」という曲とその歌詞はみんな知っていますが、本を読んだことがある人はそんなにいないと思うんですよね。
原作は「よさこい節」ではなくて、「純信お馬」っていうタイトルなんですよね。
なんとなく、高知駅から少し歩いたところにある「はりまや橋」の物語であることは知っていました。沢崎さん、はりまや橋を見たことあります?普通、観光名所としてイメージするような何十メートルもある大きな橋ではなくて、2mぐらいの、ちょっと拍子抜けするようなちっちゃい橋なんですけど(笑)。
実物はないですけど、写真で見ました。場所も移動してるんでしょう?あと、慶全がかんざしを買ったお店というのもあるみたいですね!
そうそう、はりまや橋のすぐ近くですよ。お土産屋さんじゃなかったかな。
実際にはなかなか行けないけれど、インターネットに純信とお馬の足跡をたどっている記事があって、それを見て「ほぉ〜」と思っています。
ーさすが、リサーチに余念がないのですね!
仲の良さが、我々のカラー。チームワークで、美しい日本の心を伝える。
ーおふたりは、今回別々の組なのですよね。それぞれの組の特徴はありますか?
今はまだ、それぞれの組の特徴というところまでいってないけど、これから稽古を重ねていけばよりカラーも出て来ると思います。みんな顔を知っている方ばかりですよ。
ー相手役同士で、もしくは組を超えて、イメージやイントネーション、方言などを共有しあうことはあるのですか?
そうですね、音楽スタッフとして、稽古場でたまたま同じ役の方が一緒になったら「ここはこういう指示がありましたよ」と話すことはありますね。あとは、もちろん相手役の方、今回は私の相手役は純信役の清水良一さんですけど、「ここは、ふたりでこうしよう」というお話もしますし、あとは音が難しいので「ここの音をもらえると、私の音も取りやすいな」というやりとりは綿密にしますね。
例えば楽譜のシの音のところに音譜の玉ではなく“×”が書かれていて、長い文章が続いている部分があって。そうするとずーっとシの音で歌い続けるわけにいかず、少し曖昧になることがあるんですけど、次の人が同じ音から始まるので「途中はどうなってもいいから、最後はこの音で終わってください!」というお願いもします。
ーかなりコミュニケーションを取り合って進めるのですね。
たぶん、どんなオペラでもそうなのでしょうけどね。
日本オペラ振興会の人たち、みんな仲が良いしね!
他のプロダクションから来た方は、「え、稽古場がこんなに楽しくて、みなさんもこんなに仲が良いんですか!」と驚かれますよね。私たちはこれが普通なんですけどね。育成部から一緒だったりということもあるんでしょうけど。
逆に自分がひとりで地方の違うプロダクション公演に参加すると、「ごはんに行きましょうよ」と誘っても行ってもらえなかったりしますけどね。
私たちは、地方公演はそれが楽しみだよね(笑)。
ー「仲が良い」という話は、本当に多方面から聞こえてきます。
カラーだと思うけど、大事だとは思うんですよね。
昔のオペラ界では、ソプラノで同役をやる同士だと「フン!」という人たちもいたけど、でも日本オペラ振興会にはあまりそういう感じはないんじゃないかな。
ベテランのソプラノの先生が、「ソプラノ同士では絶対話しちゃいけない」と言っていたという話も聞いたことありますよ。昔は、ですけどね。「親しき仲にも礼儀あり」のような精神は必要、あまり仲が良いばかりだと、それが悪い方に行く場合もあるから、と。
そうですね、私も実際昔はそう言われて育ってきました。けど基本的には、同じ役をやる相手と共有させてもらうことや勉強させてもらえる部分はあるから、「私とは関係ない」というスタンスは取らないようにしてきましたね。
稽古に来るのが楽しいですよね、みんなに会えるから。
組が違う人たちと「会えないね、さみしいね!」なんて言いあいますよね。
ーオペラづくりは、チームワークでもありますからね。
そうですね。僕はこのあいだの中井さんの記事も読みましたけど、彼とふたりで一緒に飲んだりもしますよ。歌い手同士だけではなくて、演出部や音楽スタッフの方たちや、事務局のみなさんともそうです。みんな明るくて。
ー所属や役職をまたいで、隔たりなく交流があるのですね。ところで、おふたりが日本オペラ協会で日本オペラを歌っていこうと思われたのは何故ですか?
僕の場合はやっぱり、日本人である、ってことですかね。日本人だからできることって、あると思うんですよね。『夕鶴』とか『黒船』とか、有名な作品もありますし。お客さんも、日本作品のほうが積極的に観に来てくれるんです。「外国のものは、ちょっと分からないわ」なんて言って。あと今回は、高知にも行くので、東京まで来るのがなかなか大変な両親や親戚に観てもらえるという理由もありますね。
私の場合は、もともと学生時代から日本歌曲が好きで。オペラを勉強していくなかで、藤原歌劇団か日本オペラ協会か所属を選べる機会が来たとき、日本オペラ協会で『夕鶴』がやりたいと思ったんです。もちろんイタリアにも留学していたので藤原歌劇団でも良かったんですが、やっぱり日本の作品は所作も美しいし、日本人が西洋の真似をしてもなかなか難しい部分もあるけど、日本人ならば自分の中から自然に出て来るものがある。日本人が日本人の役をやれるというのが、私にとっての日本オペラの魅力ですね。
西洋オペラでも、『蝶々夫人』を外国の歌手が演じていると少し違和感を感じるときもありますよね。
『蝶々夫人』ね。私にとっては少し重いからレパートリーからは外れているけど、日本人として「蝶々さんをやりたい」という気持ちはありますね。
「スズキ」とか「ゴロー」とか「ボンゾ」の役とかもね。
そうですね。日本の所作って、手の動き、首やあごの角度、扇の使い方ひとつで、全部意味が違ってくるんですよね。ひとつポーズを決めて、振り向く角度によって、何を伝えたいかが全く変わるので、そこが難しいところでもあり、きちんとしたいなと思う部分でもあります。
ーそれを存分に追究できるのが、日本オペラというジャンルなのですね。
そうは言っても、日々所作を使って生きている訳ではないので、なかなか出来ないんですけど(笑)。でも、日本人として忘れてしまっている“誇り”みたいな部分をきちんと思い返そうという、そういう思いはあります。
聞いてみタイム♪ 前回インタビューにお答えいただいた佐藤康子さんから、おふたりへ質問のお手紙を預かっています。
ーかなり多くの出入りがあり、インフルエンザが流行る時期の稽古中、健康を保つために行なっていらっしゃることがあれば教えてください。
手洗い、うがい、気合い・・・(笑)?年末に娘がインフルエンザにかかったんですけど、同じ部屋で寝ていましたがマスクをして、手洗い・うがいもし、飲むヨーグルトも飲み…でも、それこそ「病は気から」だと思うので、「私は大丈夫。私は大丈夫」って言い聞かせていました。
僕は、最近風邪にいいという中国茶とか飴をいただきましたよ。
よく寝るとか、バランスのいい食事をするとか、水分を摂るとか、先ずはそういう基本的なことを徹底的に気をつけていますね。
それでも、なってしまったらごめんなさい、ですね。稽古場には本当に大勢いの方が居らっしゃいますので、無理しないで休んで周囲に移さないようにしています。
逆に、佐藤さんがどうされているかも気になりますね。
聞いてみたいね(笑)。
でも「病は気から」ってあると思いますよ。本番終わったあとに風邪引いたりすること、ありますからね。
あるある!私、本番終わったあとダウンすることあるよ!
ー気が張ってて、跳ね返しているんでしょうか?
そうそう、手帳見ながら「あぁ、あと3週間だ!」とかいう感じ。
自分に「頑張れ、頑張れ!」って言い聞かせて、最終日まで頑張ったら「あぁ〜」とスイッチが切れる(笑)。
自分で自由に風邪を引けたらいいですよね、「これから2週間何もないから、今引いちゃえ!」なんていう風に。でも、そういうときに限って、引かないんですよね(笑)。
ーそうなれば理想的ですね!とにかくまずは、手洗い・うがいなどの基本的なことをして、気を強く持つ、ということですね。ありがとうございました。
取材・まとめ 眞木 茜